秋は舞い降りた
秋分の日。食事の帰りにT兄が妙なことを言い出した。
「こないだうちに帰る途中メダカ売ってるとこがあったんだよな」。
らしくない発言だったし、それは山の中の小さな小屋であったという。そこを目指して走るも、「酷道」「険道」の連続で軽のネペンティス号も脱輪寸前。
しかし。
見つからなかった。
タイムスリップしたかのような深い里山が自宅の近所にあることに驚きながら私はニヤニヤした。
「T兄、キツネかタヌキに化かされたんじゃない?」
ところがその後、私たちはほんとうに迷子になってしまった。
土地に入る際内心山にご挨拶はしたものの、何者かにずっと見られている感じがした。怒ってはいなかったが、よからぬものには一矢報いてやろうという古風ないたずら心を感じた。それでも、神聖なものに違いなかったが。
夕暮れ前にふっと、抜けた。逃がしてもらえた感じだった。後ろで「ふふ、ほら持ってきな」というような声がした。
いつもの県道に出た途端、そこに巨大な虹🌈が待っていたのだ。
あまりの巨きさと美しさに感動してほとんど泣きながら笑った。これほどの大きさのものは生まれて初めて見る。そして、意味が分かった。
意味が分かることは一挙にではなく一日に一つふたつという感じだし、苦手な課題はクリアするまで繰り返し出てくる。
虹の日、とても大きな課題のフタがパカっと開いた。
翌日、彼がまたらしくないことを言った。
運転していたら前の車がノロノロ遅くて腹が立ったけど、あおり運転したら捕まっちゃうから「おこり運転」にした、と。車の中で「もおー!」と怒鳴っただけにしたと。
かつての彼なら迷うことなくあおりイカ。
彼も、誰も、変化変身してゆく。昨日見たその人はもう違う誰か。
淘汰。
一見嫌でも普通でも良くても関係なく、必要があって起こる出来事。
やがて必要なことに絞られて起きるようになってきている。
ぱたぱた動いている時最近、
「帆を張れ」
と声が聞こえてハッとして、しゃんとする。呼吸が深くなる。作業の疲れが癒え、新しいちからが生まれる。
秋分の虹以来、いつもは2階に住むけれどアパートの最上階、3階まで夜明けに昇るようになった。
毎朝、どんな映画のラストシーンよりずっと素晴らしい風景の中に自分が一人、立っていると感じる。朝焼けや朝の巨大な富士、大空に包まれて。風のにおい。肌にあたる温度湿度、風の向き。鳥たちの声。イソヒヨドリは本当によく囀る。この世でいちばん、きれいな声。
毎朝生まれ変わる。
もうあまり考えない。
1階に降りて建物の裏手で猫のための草を摘んでいると、さっとトカゲが走った。私は微笑んで、部屋に戻りワインを開けた。
相棒が私の中で目を覚まして、ご機嫌でいるのが分かったから。