【小説】第3話 口の上手い友達には、注意をするべきだと思う

「ルイ15世が愛した公妾だ。だが彼女は、ただの愛人ではなかったな。俺も何度か誘われて見に出かけたが、彼女はサロンを開いていて、そこに芸術家を招いてパトロンになっていた。審美眼は、確かな女だったな」

 まるでそこ日本問いに居合わせたように、つらつらと天海は語る。
 僕は首を捻った。

「天海は日本にいたんでしょう? 春日局と一緒にさ」
「ああ、ただ俺、遺体のない葬儀の経験は誰にも負けない。一度俺は死んだんだ。そこに不在になることは、死んだこと差違はない。俺の葬儀を、俺は生きて笑いながら見ていた」
「どういうこと?」

 司はまじまじと天海を見る。

「俺は歳を取らない。死にはするけどな。いわゆる不老長寿だ。それはあるシステムを用いた結果だ」
「ふぅん? どんなシステムなの?」
「多元宇宙論を用いたシステムだ」
「どういうこと?」
「数多の宇宙の一つで、いわゆる歴史を正す実験。そのために、俺の生業は成り立っているんだ」

 天海の言葉に、いつも会う講義を思い出す。あの理論をシステム化するというのが、司にはピンとこない。あくまで多元宇宙論は、理論の一つだと考えているからだ。だが――もしシステム化するのであれば、最近開発され、試験が行われているという、いわゆるタイムマシンの技術を応用することになるのではないかと推測する。司の通う大学は、タイムマシンの研究を企業と共同で行っている。その企業に、司はインターンで見にいったことがある。

 しかしそれらの考えを振り払い、天海にさらに話を聞くことに決める。

「それよりさ、江戸で死んだ理由は?」
「長生きしたら、死ぬだろ? 南光坊天海にも当然死んだ日の記録がある。それにあわせて、きちんと死んだフリをすることで、俺もまた歴史の整合性をとったんだ」
「なるほどねぇ。それで? 江戸で死んでからは、どうしたの?」
「俺は、江戸で死んでパリに行ったんだよ」
「え?」

 司は驚いた。

「丁度あれは16世紀のことだ。丁度パリで俺がなすべき事があったから、俺はシステムを用いて、その場所に在った。ああ、懐かしいな。俺は当時、シャンボール城にいたんだ。俺はぞこで、1707年にサンジェルマン伯爵として、再誕したんだ。俺が一番長く使っている名前だよ」

 サンジェルマン伯爵という名前を耳にし、司は困惑して片方の眉を下げた。

「それってさ、よくオカルトのお話で出てくるサンジェルマン伯爵?」
「そうだ。色々誇張されているが、俺の話はいたるところで語られているな」
「う、うん……」
「サンジェルマン伯爵として生きる事はとても楽だ。不老長寿であることを隠さなくていいからな。様々な時代に、この名前のまま在れる」

 天海が薄い唇の両端を持ち上げた。その瞳は、楽しそうに煌めいている。

「フランスで過ごすのは面白かったな。俺は時に、音楽家に紛れて、ヴァイオリンを弾いていた。その結果、ヴァイオリニストとして扱われたこともある。それは歴史上の、サンジェルマン伯爵の行いと同じだ。俺がそれを再現したんだ」

 吐息に笑みを載せ、本当に楽しそうに天海は語る。実際に見て、その場の人と関わって、そんな話しぶりだ。

 ――きっと、詐欺師に向いている。

 時代を超えるだとか、歴史上の偉人や都市伝説で語られる存在になる事なんて、客観的に考えて不可能だ。たとえばタイムマシンを利用したとしても、個の連続性がある以上、たとえば江戸時代に行ったとしても、行った個体は、行く前の人格と同じであり、江戸には戸籍などはない状況になるだろう。

 本当に天海の話が事実だとすれば、それこそ多元宇宙論で言われるように、宇宙は数多あり、ある宇宙を観測する事、世界の揺らぎかが、別の宇宙を見いだすこと――ようは、天海が歴史を修正しなければならない宇宙や、元々の歴史を持つ宇宙もあるという事で、天海は元々の宇宙の歴史を知っていて、その通りに別の宇宙、即ち僕がいるこの宇宙を修正しながら生きていると言うことになるのだろうが、そんなことはあり得ない。

 天海は、話がうまいだけだ。

「天海」
「ん?」
「君は本当に嘘と冗談が上手いね。信じそうになる。客観的に考えて、天海の話はおかしいところだらけだ。江戸からパリに行くなんて……荒唐無稽だ。僕をからかうのはそろそろ止めて。調子に乗りすぎだよ」
「信じないのは勝手だが、それなら麟祥院にでも行くといい」
「なのそれ。また法螺話を続けるの?」

 頬杖をついて僕が言うと、天海が微苦笑しながらこちらを見据えた。

「なぁ、司」
「なに?」
「俺はな、この宇宙において、皆が知る歴史と違う部分を見て、その部分を修正しているんだ。即ち、この宇宙は、俺達にとっては、本物だ。そして俺は、歴史上の重要な人物に会いに行くことが、生業の側面なんだ」
「どういうこと?」

 僕は首を傾げた。

「今、俺はお前と話しているだろ?」
「うん」
「お前もまた、歴史上の重要な人物なんだ」
「え?」
「俺が用いている多元宇宙論を使ったシステムは、将来お前が開発する」
「は?」

 僕は言われた言葉の意味が上手く理解できず、目を見開いた。

「しっかり勉強して、システム開発に励んでくれ。そうじゃないと、俺はどこにもいなくなり、そして何処にでも存在する事になってしまう。司、俺は未来のお前を見た時、まさか友達甲斐がある人間だとは、全く思わなかった。だが、こうやって一緒にいると、お前が良い奴だと分かる。だから、未来で俺に会ったら、少しは優しくしてくれよ? ああ、俺は光栄に思ってる。お前に会えて。システムの開発者の、若かりし頃に共にいられた事は、幸せだと考えている」

 天海はそう述べると、天井を見上げた。

「司ならやれる。なにせ、そのシステムがあるから、俺はお前とこうして飲むことが叶っているのだから」
「……ちょっとトイレに行ってくるよ」

 僕は席を立った。天海の言葉には何も答えなかった。実際にトイレに行きたかったというのもあるが、結論として、天海はタイムトラベルをしていると話しているように思った。それは様々な宇宙で行われているのかもしれない。

 推測するのは、楽しい。
 アプリの水葬の世界の魚と同じだ。
 だが僕は、からかわれていると感じて、大きく溜め息をついてから、トイレに向かった。

 しかし天海には、少し言いすぎたかもしれない。
 そう考えながら席へと戻ると、天海の姿が無かった。代わりにテーブルの上には、二万円が置いてあった。多すぎる紙幣を見てから、僕は天海の姿を探した。しかし天海は何処にもいない。やはり僕が言いすぎたから、気を悪くして帰ってしまったのかもしれない。僕は次に会ったら誤ろうと考えながら、残っていた酒の肴を一人で食べた。

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