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中編小説『最初の人』⑧
男は愛する女の最初の男になることを願い、女は愛する男の最後の女になることを願う。
そんなような詞を電車に揺られていたらふと思い出し、誰がいったかネットで調べると、オスカー・ワイルドだった。
なんとなく言いたいことも分かる気がした。それは独占欲とか征服欲に近いんではないかと思った。その子がこの先他の誰かと出会ったとしても、女性の最初の特別な存在になっておけば、そのあと誰と出会ったとしても、彼女の初めての相手は、俺だと。俺は初恋の子の最初の男になりきれなかった。そんなことを気にしているのかと、寂しい気持ちで思った。
職場に着くと、麻野さんが先に来ていた。挨拶をして席に着くと、滅多に話しかけてこない彼女が口を開いた。
「初恋の人、思い出したよ」
「初恋?」
あまりにも突然のことに、今度は俺が聞き返していた。
「夏木くん、初恋のこと覚えてない? って聞いたじゃん」
俺はあまりにも驚きすぎてことばが出てこなかった。そんな俺を見兼ねてか、彼女は微笑を浮かべ、話し続ける。
「私の初恋は小学一年生のとき。登校班っていうのあったでしょ? その班長の人に恋してた。同じ班だから近所に住んでたはずなんだけど、小学校に上がるまで、その人の存在は知らなかった。こんなにかっこいい人がいたんだって思った。班旗もってたから余計にかっこよく見えて。話しかけることはできなかったんだけど、班長の背中を後ろから見つめてた。班長に会える朝がいつも楽しみだった。学校では班長がどんな生活を送っているのかは全く分からなかったけど、私は同じ班にいることだけでうれしかった。どんなに他の女子が彼が仲良くしてても、私は同じ班なんだっていいう優越感。班長とは一年しか一緒にいれなかったし、彼が中学生になったらまた会わなくなって、次第に彼のことは忘れてしまったけど、背筋をしっかり伸ばして、先頭を歩く班長の背中は今でも覚えてる。てか、夏木くんが思い出させてくれたんだけどね」
「素敵な初恋ですね」
俺は彼女が話している間に落ち着きを取り戻していた。
「年上が好きだったんですか?」
「そうかもね」
彼女の嬉しそうな顔は、あまり見たことがなかった。
「周りの女の子がクラスの男子をかっこいいって話してたのにはあまり共感できなかった。なんだか元気が取り柄なだけのがきんちょみたいで。私はその頃から年上が好きだったみたい」
彼女は照れくさそうに笑った。
「今の彼氏も年上ですもんね」
彼女が、まあね、といったところで次の出勤者がやってきて、その話は打ち切られた。しかし、俺は彼女のあんなに嬉しそうな、恥ずかしそうな顔を初めて見た。そんな様子を見ると、俺は彼女をかわいいと思った。初恋は大切な思い出なのだろうか。男女問わず。
初恋の子も俺のことを大切な思い出として持っていてくれてるんだろうか。
昼食をとっているカフェで一人で麻木さんの話を思い返しながら、そんなことを考える。一つの夢が、ここまでの影響を及ぼすとは、考えもしなかった。しかし、今の俺には、長澤桜、という字体とともに、彼女の姿が、頭から離れなかった。
由希子を愛しているのは間違いない。由希子といるのは居心地がいいし、この先ずっと一緒にいれるという確信がある。でも。両手を組んで、デスクに置く。でも、彼女に会いたい。