みずのたかゆき

本が好きで、基本、読書をして過ごしています。学生の頃から、コツコツと小説やエッセイを書いています。 モットーは 『人生に困ったら、スマホではなく、本を手に。』

みずのたかゆき

本が好きで、基本、読書をして過ごしています。学生の頃から、コツコツと小説やエッセイを書いています。 モットーは 『人生に困ったら、スマホではなく、本を手に。』

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小説の沼に落下した日

 それは、10代最後の年でした。  自宅から大学まで片道2時間の通学時間は、暇を持て余すには十分な時間でした。入学当初、電車内ではマンガを読んで時間をつぶしていましたが、30分もしないうちに一冊読み終えてしまう。スマホもなかった時代、通学時間を埋めるために手に取ったのが小説でした。小説なら、読了まで一往復はかかります。むしろ1日で読み終わることは稀で、大体は、1冊の本で何日も通学時間を埋めることができました。  小説を読むようになると、世の中には実にたくさんの小説があるこ

    • 中編小説『最初の人』19 (了)

       俺は彼女の生活を壊そうとしている。  鼓動が激しくなり、体が強張った。耳の奥では耳鳴りがした。視界はぼんやりかすんでいくようだった。なにか取り返しのつかないことをしたという現実に呑み込まれ、彼女に触れることができなくなった。  彼女の愛撫を受け、首をもたげていた性器もおとなしくなり、彼女は手の中でその異変に気づいたようだった。 「元気なくなっちゃったね」  彼女は気まずい空気にそぐわない明るい声でいった。その声は沈鬱とした室内において、それだけ切り取られたように、不自然な

      • 中編小説『最初の人』18

        「あのときからすごいときが経ったけど、謝ります。ごめんなさい。あと、うそをついてまで、こうして会おうとして、ごめんなさい。謝ることばかりだ」 「はい、気持ちはしっかり受け取りました。ちゃんと謝ってくれてありがとう。夏木くんのそういう真面目なところが私は好きだったんだな」  彼女はうれしそうにいった。そして、 「夏木くんに会えて、うれしかった」  そう静かに、つけ足した。  駅の改札口に着いた。俺は彼女を引き留めるタイミングを逸してしまっていた。彼女はバッグから定期入れを出し、

        • 中編小説『最初の人』17

           俺も桜ちゃんも四杯目のお酒を注文したころには、二人の緊張は解けていて、饒舌になっていた。俺と桜ちゃんは、過去の深いところまで丁寧に思い出すように話した。桜ちゃんが笑うと俺も笑い、俺が笑うと桜ちゃんも笑った。笑いは二人の距離をどんどん縮め、どんどん過去へと誘った。 「小学生の頃の恋愛なんて恋愛と呼んでいいのか分からないけど」  俺はいう。 「桜ちゃんは俺が初めて異性といる喜びを感じさせてくれた人なんだ。小学生のとき、五年生か六年生だったか、桜ちゃん、バレンタインの日に手作りの

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        小説の沼に落下した日

          中編小説『最初の人』16

          「ほんと久しぶり。随分と会ってなかったもんね」  彼女も照れているようだった。無理もない。ちゃんと話すのは小学生以来なのだから。 「ずっと大人っぽくなったね。びっくりするくらい」 「夏木くんこそ、大人の男になってる。私の知らない人みたい」  そして彼女は、かっこよくなってる、とうれしそうに付け足すと、向かいのイスに腰を下ろし、まじまじと俺の顔を見た。 「なに?」  戸惑っている俺を、にやつきながら、見つめている。 「別に」  俺が彼女の重ねてきた歳月を想像したように、彼女も俺

          中編小説『最初の人』16

          中編小説『最初の人』15

           横浜の地方銀行で働く彼女は、日ノ出町駅にあるマンションに婚約者と同棲している。  通っていた大学も横浜にあり、学生時代の後半から横浜で一人暮らしをしていた。サークルはスカッシュサークルに入っていたが、今の彼氏とはアルバイトで知り合った。バーのアルバイトで、常連さんの誘いに乗ったのがきっかけだったという。  彼女はそれらのことを、冗談混じりの文面で、丁寧に教えてくれた。メッセージの文面からも彼女の相変わらずの明るさが伝わってきた。また、長年連絡のとっていなかったのに、迷惑がら

          中編小説『最初の人』15

          中編小説『最初の人』15

           宮田に昨日のことを報告すると、彼は、まさか本気でいくとは思わなかったっすよ、と目を丸くして驚いた。宮田はただの思いつきで口にしただけのようで、俺が話すまで自分のアドバイスを忘れていたようだった。 「やるときゃ、やる男なんですね。夏木さんも」  トマトスパゲティを前に、宮田はうれしそうに笑う。 「そんな大げさなことではないけどな」  イタリアンレストランの昼下がり。宮田は器用にフォークとスプーンを使って、慣れた手つきでスパゲティを口に運ぶ。 「でも、いいんですか? 浮気なんて

          中編小説『最初の人』15

          中編小説『最初の人』14

          「あの、小学校の頃の同級生で集まろうっていう話が出てるんですが、桜さんの連絡先が分からなくて。だから、直接来てしまったのですが。俺、幹事なもので」  俺が話すまでに少しの間が空いてしまった。その間におばさんはなにを思っていただろう。 「そうなのね、桜も誘ってもらえるのね。わざわざありがとう。でも、誰かから連絡先を教えてもらえばよかったのに」 「あ、いえ、俺も実家に帰る用があったもので。別に手間じゃなかったですから」  俺はとっさに言葉を返す。 「でも、桜、今こっちにいないのよ

          中編小説『最初の人』14

          中編小説『最初の人』13

           俺は実家から、かつての小学校への通学路を通って、桜ちゃんの家を目指した。通い慣れてた道のはずなのに、二十年近くも経つと新鮮さに溢れている。しかし、歩いていると彼女との思い出をはっきりと思い出すことができる。  ここを二人手をつないで歩いていた日々を。  彼女の家に着くのはあっという間だった。思考を巡らしていることによって、時間の経過は意識の外に追い出されていた。  彼女の家の前に立つ。窓からこぼれ出る灯が、俺を夜光虫のように誘っているように感じ、そして愛おしくもさせた。彼女

          中編小説『最初の人』13

          中編小説『最初の人』12

           新宿駅から特急に乗り、地元の駅を目指す。お金を上乗せして特急に乗ると、社会人になったことを実感する。学生のときはどんなに満員でも、他人の吐く息をすぐそこに感じながら、急行で帰っていた。  窓を流れる景色を見ていると、懐かしさが募る。それは地元の駅に近づけば近づくほど強くなり、目的地に到着する頃には、若かりし頃にタイムスリップしているかのように感じる。  桜ちゃんはどうしているだろう?  外の風景をぼんやり見ながら、彼女に思いを馳せる。  まだ実家に住んでいるのか、それとも俺

          中編小説『最初の人』12

          中編小説『最初の人』11

           家に帰ると、由希子はテレビをつけたまま、結婚情報誌を捲っていた。ここのところずっとそうしている。女の子には男以上に結婚式は特別なイベントらしいと感じる。実際、由希子はきたる結婚式にわくわくしている様子だった。 「お帰り。ご飯用意する? 先にお風呂入っちゃう?」  由希子は結婚情報誌を捲るのをやめ、脇に置く。 「ああ、ご飯先に食べる。お腹空いちゃって」  同棲した当時、由希子は俺が帰宅するまで夕飯を食べるのを待ってくれていたが、俺が先に食べてていいよと伝えると、俺の帰宅が二十

          中編小説『最初の人』11

          中編小説『最初の人』⑩

           初恋は、俺にとって特別であり、傷であり、後悔だった。彼女と歩むべきだった道を、自ら閉ざしたのだ。  俺は彼女とともに過ごし、ともに成長し、ともにいろんなことを経験するはずだった日々を、自分の手で壊してしまったのだ。  俺は、引き裂かれた道を歩いて行った彼女を、追い求めていたのだ。  宮田に話してみようと思った。初恋の子にもう一度会いたいということ。出社して昼休憩になるのを待ち、宮田を飯に誘った。 「そんなの簡単ですよ」  俺が彼女に会いたくなった経緯、当時の彼女との関係、今

          中編小説『最初の人』⑩

          中編小説『最初の人』⑨

           機を見たかのように、再び夢に桜ちゃんが現れた。今度は幼いままで、俺も同じように小学生時代にタイムスリップしているようだった。彼女は校門に立っていた。俺は、距離のあるところから彼女を見ている。距離があるはずなのに、彼女の表情が手にとるように分かった。その顔はどこか悲しそうだった。俺は走って彼女の元に駆け寄ろうとするが、上手く走れなかった。何度も走ろうと試みるが、足が思うように動かず、ついにはグラウンドの上に転んでしまう。彼女は俺に気づいてくれない。依然として、悲しそうな表情を

          中編小説『最初の人』⑨

          中編小説『最初の人』⑧

           男は愛する女の最初の男になることを願い、女は愛する男の最後の女になることを願う。  そんなような詞を電車に揺られていたらふと思い出し、誰がいったかネットで調べると、オスカー・ワイルドだった。  なんとなく言いたいことも分かる気がした。それは独占欲とか征服欲に近いんではないかと思った。その子がこの先他の誰かと出会ったとしても、女性の最初の特別な存在になっておけば、そのあと誰と出会ったとしても、彼女の初めての相手は、俺だと。俺は初恋の子の最初の男になりきれなかった。そんなことを

          中編小説『最初の人』⑧

          中編小説『最初の人』⑦

           仕事を終え、家に帰ると、由希子は既に仕事から帰宅し、夕食を準備してくれていた。食品会社で内勤の仕事をしており、大体は夕方の6時頃には帰っている。今日の夕飯は、鮭のムニエル、肉じゃが、ほうれん草のおひたし、コンソメのオニオンスープ。同棲したての頃は、カレーやハンバーグなど、女性が彼氏に作るメニューの定番料理が並んでいたが、料理にも慣れてくると、カロリーや健康に気を使ったメニューを取り入れてくるようになった。ほうれん草のおひたしなど、おかずとしてはあってもなくてもいいようなもの

          中編小説『最初の人』⑦

          中編小説『最初の人』⑥

           昼食をとり、校舎に戻ると、一日の授業を終えた浪人生たちの対応が始まった。俺は今日、二人の浪人生と面談することになっている。どんなに悩みを自分が抱えていても、彼らに対しては良き相談相手の役割を果たさなくてはならない。それがプロだ。プロということを考えると、他の職業のことに思いが至る。悩みがあってもパイロットは空を飛ばなければいけないし、パン屋もパンを焼いてそれを売らなければいけないし、芸能人なんてそれを画面越しに悟られないように笑わなければいけない。  そうしなければ、生きて

          中編小説『最初の人』⑥