知らない煙

 ある日駅までの道を歩いているとたばこの箱が地面に落ちていた。
見る限りまだ目立った汚れはなく、外箱を形作る紙にもぴんとハリがあり艶めいている。
青いパッケージには最近YouTubeで見た喫煙者の方のVlogに出てきた名前が印字されていた。たしかこの銘柄を吸っていて楽器をやっている男は大抵クズだとか、そんなことを言っていたような気がする。
もっとも私は喫煙者でない以前にまず未成年なので、その話の真偽の程は確かめようがないのだが、いわゆる「進研ゼミでやったところだ!」的な脳の働きで思い出してしまった。

 はてさて、これは落とし物なのか、それともゴミなのかどちらなんだろう。
私の目にそれは「空き箱ではない」から落とし物として映った。つまり空き箱であったらゴミとして映る。
私はたばこの箱の中身に無知ながらも価値を見出していて、それがまだ残ったまま箱が地面に落ちて粗末にされてしまう状況を生み出す背景には「廃棄」ではなく「紛失」があると考えた。
でもそれが他の誰かにとっても同じだとは限らない。私と同じように道を通りかかった誰かはそれを一瞥しただけで「ゴミ」だと判断したかもしれない。
では、喫煙を習慣とする人にとっては?また嫌煙家の人にとっては?……この箱の持ち主にとっては? 

 同じ経路を辿る帰り道。その場所を通りかかると、たばこの箱はフェンスの土台となっている低いブロック塀の上に置かれていた。目につきやすく、取りやすい場所。
この箱を「落とし物」として認識して持ち主のもとに帰りやすくした誰かがいたということだ。
その人は喫煙者なんだろうか。だから明確にそれをまだ持ち主にとって必要な「落とし物」と捉えたのか。非喫煙者ならばなぜそうしたのだろう。やはりまだ見た目が新品に近かったからだろうか。
何もわからない。私は何も知り得ない。ただそこにあるのは、誰かの手によってほんの少し移動した、たばこの箱だけ。

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