生駒の50年後を勝手に考える未来想像ワークショップ
開催概要
日程|2021年2月18日(木)
場所|オンライン(zoomとmiro活用)
参加者|生駒市職員、生駒市民の有志のみなさん
背景
奈良県生駒市はDeep Care Labの創設メンバーである田島が週1で勤務している自治体です。この生駒市、市民の方々の自主的な地域活動が盛んなことが特に魅力的なまちです。そんな生駒市が2021年11月で市制50周年を迎えるのに呼応して、市民の方々中心に「勝手に生駒」という”生駒にゆかりのある人もない人も、勝手に生駒市50周年を盛り上げる”コンセプトの取り組みが始まっています。
Deep Care Labでは、2021年2月「勝手に生駒」と共催させていただき、市制50周年を機に生駒のこの先の50年を考えるべく「生駒の50年後を勝手に考えるワークショップ」を企画いたしました。
50年後の生活をイメージすると言っても生活全般を対象とすると検討の入り口が広すぎてしまうため、生駒市が環境モデル都市に選定されているなど、環境系の取り組みに重点を置いていることも受け、「生駒での50年後の生活を考える ー「捨てる」の50年後を中心にー」をテーマとして、環境問題のうち特にゴミ問題を取り上げて50年後をイメージすることにしました。
今回は「もしもの未来の世界」を検討することによって、現在のあり方と理想とする未来の両方を手繰り寄せる、スペキュラティブデザインの手法を活用して50年後のゴミを取り巻く生駒のまちの姿について検討しました。
ワークショップの狙い
- 「もしもの世界」を検討することによって、現在の「ゴミ」や「捨てる」についての常識を揺さぶり意識の変容につなげる
- 「ゴミ」や「捨てる」のあり方を見つめ直しまなざしを変えることで、未来の生駒のために今から何ができるか考えるきっかけにする
ワークショップで実施したこと
-「50年後の●●なまち生駒」にタイムスリップし、まちの広報メディア"good cycle ikoma"にその未来の状態や市民を取り上げて記事にすることになったと想定。
-グループごとに異なる「50年後の●●なまち生駒」を提示し、未来にすむ市民はどのように今と異なる生活や活動をしているか具体化し、現在の生駒市民に届ける「未来市民のインタビュー記事」を作成
「ゴミ」「捨てる」をテーマに取り上げた理由
ゴミというのは自分自身を表すメディアであるとも言われます。ゴミを見ればその人の生活や価値観、状況などがありありと見えてきてしまうからです。「ゴミ」になったモノの「ゴミ」という側面だけを切り取れば、そこには不用品となった残骸物だけがありますが、それが不用品となり、環境に影響を与えてしまうまでの過程と背景には、製造者によって「モノが作られる」、消費者によって「モノが買われる」サプライチェーンすべてでの環境への配慮の意識やモノに向き合う姿勢の全てが関わってきます。
「ゴミを考える」とはそのモノの一生に向き合うこと、自分自身の生活、価値観すべてと向き合うことにつながるのです。
「ゴミ」を入り口にしながら、幅広く生活や生き方についても見通しうるテーマとしてこのテーマを選択しました。
スペキュラティブデザインとは
今回手法として取り上げたスペキュラティブデザインとは、Royal College of Artの教授であるアンソニー・ダンが提唱したデザインの考え方です。スペキュラティブとは日本語で「思索」という意味で、課題について考えるきっかけを「提起」するためのデザインと言われています。
既存のデザインが、現在(Present)から見て、起こるだろう(Probable)あるいは望ましい(Preferable)未来を考えるものであるのに対して、起こっていそう(Plausible)、起こりうる(Possible)未来を射程に捉えています。
(https://thevoroscope.com/2015/12/28/on-examining-preposterous-futures/)より)
改めて、スペキュラティブデザインとは、「起こりうる未来を想像し、日常生活のなかのストーリーやサービスに落とし込むことでこれまであまり考えてこなかった問いを投げかけ、対話を促すもの。そうすることで、現実のありかたを捉えなおし、望ましい未来を考えるための行動へつなげるためのもの」と言うことができるでしょう。
当日の流れ
当日は、以下の流れで進めていきました。
- ワークに関連するインプット
- 「50年後の●●なまち生駒」の提示
- 現在についてまず考えてみる
- 未来について考えてみる
- インタビュー記事の検討
- 振り返り
ワークに関連するインプット
Deep Care Labの紹介と、現在予測されているゴミ問題に関連するデータ、スペキュラティブデザインについての簡単なインプットを実施し、早速ワークスタートです。
(当日提示した資料より抜粋)
「50年後の●●なまち生駒」の提示
事前にDeep Care Lab側で集めたゴミ問題に関する未来の兆しをベースにしながら、以下の3つの50年後のもしもの生駒の姿を設定しました。
①もしもゴミが捨てられないまち・生駒になったら?
2070年、既に国内の埋立地はいっぱいになり、山へのゴミの埋め立ても、ゴミの輸出も禁止された。日本のゴミ処理能力は限界を迎え、ゴミをゴミとして処理することはもはやできなくなっている。
そんな中、生駒市は環境先進都市として、他の自治体に先駆けて家庭も事業者も不用品を「ゴミ」として捨てることを禁止する、という大胆な施策に打って出た。
ゴミ処理場は稼働をやめ、日々のゴミ収集も来てくれない。
でも生活すると「ゴミ」は出る。けれど生駒では捨てられない。出たゴミ、どうする?
②もしもゴミがお金になるまち・生駒になったら?
2070年、生駒市では新しい地域通貨が広がっている。それは、各家庭や事業所で出た「ゴミ」だ。生駒ではゴミがお金として流通している。
ランチの時間、生駒の人たちは財布ではなく自分の家や職場で出たペットボトルやゴミを持って店へ行く。ランチボックス1つは1袋分の生ゴミや空のペットボトル2本分のプラスチックゴミなどと交換してもらえる。
お金として支払った「ゴミ」、そのあとどうなる?
ゴミがお金になるなら、生活はどうなってる?
③もしもゴミで格付けされるまち・生駒になったら?
2070年、生駒では、ゴミを出す量やゴミ問題に対する知識が社会的なステータスにつながっている。
人々が出す日々のゴミの量や内容は生駒市役所によってモニタリング・数値化・記録され、ゴミの量が少なければ少ないほど社会的に信用できる人と評価され、プレミアムサービスが受けられたり不動産やクレジットカードの審査も通りやすくなっている。
自分が出したゴミで評価されるとしたら、私たちの生活や価値観はどう変わる?
上記の50年後のもしもの世界について、グループに分かれ生駒での生活を具体化していき、最終的には「good cycle ikoma」に掲載する未来市民のインタビュー記事としてまとめてもらいます。
さぁ、みなさんだったら、このもしもの世界ではどんな生活が営まれていると思いますか?
現在についてまず考えてみる
いきなり、これまで考えたこともなかったような未来について考えるのは誰にだって難しいものです。そこで、まずはゴミ問題に限らず、生活全般に射程を広げ、現在の自分たち自身の生活やを取り巻く環境がどのようになっているか洗い出ししていただきました。miroというオンラインホワイトボードを用いて、各自付箋に書きながらワークを進めていきます。
「外食が多い」
「ネット通販で気軽にいろいろ買ってしまう」
「最近だとyoutuberがやっぱり注目されているよね」
「コロナの影響で自給自足している人も注目されてきているかもね」
「VR技術には注目してる」
などなど、様々な現在を取り巻く話が出てきました。
未来について考えてみる
いよいよ各グループの50年後のもしもの未来について考えていきます。
「(ゴミがお金になったら)ゴミが取られるからゴミ箱を置いておけなくなりそうだよね」
「ゴミを出さないように、技術が発達して人間も食べなくても生きていけるように光合成でエネルギーを得られるようになってるんじゃ?」
「基本的にモノは闇取引で人から入手するようになってるんじゃないか」
「ゴミの価値を査定する職人とか生まれてそうだよね」
「ゴミの信用金庫が生まれて預けられたりするのでは」
「生ゴミだけは流通できないから堆肥にするんだろうね。カリスマ堆肥職人とか生まれそう」
「自分にとっては不用品だけど他の人にとっては必要なものを交換するコミュニティとか発達してそうだね」
「いらないものもらうのが一番困るから贈り物の文化は廃れそう」
「そもそもゴミっていう言葉、消えてるんじゃない?」
などなど、もしもの世界を設定したことによって、ラディカルな未来像のアイデアがいろいろと出てきました。
インタビュー記事の検討
上記のような未来像をインタビュイーの生活を想像しながら具体化していきつつインタビュー記事を検討しました。ワークショップでは、各グループが検討したインタビュー内容は、インタビュアーとインタビュイーの立場に分かれて即興劇的に発表していただきました。
(当日活用したmiroの記録)
ワークショップの成果
ワークショップ後、参加者の皆様からは以下のような感想をいただきました。
- 「ゴミ」の概念が揺さぶられた。ゴミを価値のないものという前提でとらえていたことに気づいた
- モノの買い方、扱い方、捨て方を振り返ることができた
- 買う前、捨てる前に少し考えようという意識が芽生えた
- サービス提供者側の立場として、消費者の方々のゴミを減らす努力をしなければならないと思った
- ゴミというと少しとっつきにくい感覚があるがワークを通じて楽しく考えられた
- 忙しい日々に追われて考える機会がなかったり、どこから考えたらいいかわからなかったごみ問題に対して向き合うきっかけをもらった
- まちの未来を様々な立場の人と一緒に考えることに使えるやり方だと感じた
今回のワークショップはみなさんの「ゴミ」や「捨てる」に対する意識に変化をもたらすきっかけを作れたようです。また、立場を超えた共創のためのワークショップとしての意味合いも感じていただけたのは嬉しく感じました。
おわりに
今回、描かれたような未来が本当に訪れるか、その信憑性はあまり重要ではありません。今回検討した「もしもの未来」を具体化するプロセスを経て、参加者のみなさんが現在の自身の生活スタイルを見直したり、描いた未来が望ましいものであればそれに向けて、望ましくないものであればそうならないように、今から何をしたらいいか検討するきっかけにしていただくことの方がはるかに重要であると考えています。
また、この生駒の有志のみなさんが描いた未来像を垣間見ながら、読者の皆様自身がどう感じるか、どんな意見を持たれるかも同時に重要です。だって、スペキュラティブデザインは課題について考えるきっかけを「提起」するためのデザインですから。これを見て、みなさん自身が「ごみ」や「捨てる」について考えるきっかけにしていただけたらこれほど嬉しいことはありません。
わかっていてもやっぱり現在はまだまだ「再利用する」より「ポイっと捨てる」ことの方が楽な世の中であることも事実です。今回のもしもの世界のように、捨てる行為が監視されていたり、ゴミが捨てられないようになっているなど、ある種の強制力が働くような圧力はありません。今のこの楽さに甘んじていると未来の世代に負の遺産を残してしまいかねないことにどれだけ自覚的になれるでしょうか。ちょっと立ち止まって、そもそも買う段階で本当にこれは必要なものなのか考えたり、環境負荷の少ないモノを選んだり、捨てるときにも最低限分別をしっかりしたり、再利用できる方法を実施したりなど、できることからやってみることが必要なのかもしれません。
個々人の少しのアクションの変化から未来は変化していくのですから。
ご参加くださった生駒市の皆様、どうもありがとうございました。
有志の市民と職員の方々が一緒になって未来を検討する、これができる生駒はやはり素敵なまちだと再認識できました。
---
このようなワークショプや、未来世代も含めたいのちへのケアをはぐくむツールや技法などをともに研究していきたい方、プロジェクトで試してみたい方は、ぜひDeep Care Labにお気軽にご連絡ください。