真っ赤なマグカップ(詩)
真っ赤なマグカップが置いてある。
会社の流し台の上に戸棚があって、
そこに真っ赤なマグカップが置いてある。
外側が真っ赤で、中は真っ白なマグカップ。
取っ手の外側は赤く、内側は白いマグカップ。
他のマグカップよりひとつ頭の高い存在感のある真っ赤なマグカップ。
色のバランスも、戸棚の中のバランスも無視して、自己主張しているマグカップ。
ある日、誰かが誤って落としてしまった。
割れた真っ赤なマグカップをみんなで手伝って片づけた。
大きな破片は手でつかみ、ビニール袋に入れた。
小さな破片は掃除機をかけて、きれいにした。
誰もケガせずに後かたづけは終わった。
戸棚の中にぽっかりと空間ができた。
残りのマグカップは奇抜な形のものもなく、目立って大きなものもなく、
どれもどんぐりの背くらべ。
ぽっかり空いた隙間はそのまま残された。
真っ赤な大きいマグカップの持ち主は何も言わなかった。
だって、とっくの昔に会社を辞めていたから。
それなのに残されていた真っ赤なマグカップ。
自分の存在をどこかに留めておきたかったのだろうか。
みんなのマグカップを見下ろしていた真っ赤なマグカップ。
持ち主は今ごろ何をしているのだろうか。
真っ赤な大きいマグカップのような存在感を保っているのか。
それとも、割れて粉々になってしまったのだろうか。
ある日、戸棚の空間に新しいマグカップが置かれた。新入社員が入ってきたから。
他のマグカップと同じくらいの地味なマグカップ。
真っ赤なマグカップの亡霊は成仏できたのだろうか。
みんなで真っ赤なマグカップのあった場所に向けて合掌した。
新入社員はわけもわからず合掌した。
そして、
何事もない日常が再び始まった。