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時間を繰り返す女の物語

<『時間にまつわる物語』(『「本当の自分」殺人事件』の中の短編小説)の番外編です。もし気に入ってもらえたら、是非『時間にまつわる物語』も読んでみてください。よろしくお願いします。>

あの日に戻りたい。

誰もがそんなことを思ったことがあるでしょう。
あの日に戻って初恋の人に自分の気持ちを伝えたいだとか、あの日に戻って喧嘩別れした友人に謝りたいだとか、あるいはあの日を境に自分の人生がうまくいかなくなったから、あの日に戻って人生をやり直したいだとか。

でも、あの日に戻れたとして、あなたは本当に人生をやり直せるのでしょうか?

あなたは人生の中で、いくつもの岐路を一つひとつ選択して今に至っていると思っています。でも、それは正しい考えなのでしょうか?

あなたの引き継いだ遺伝子と、あなたが歩んできた経験が、あなたの選ぶ道を決定づけるのです。つまり、あなたは自分では悩んだ末に選んだ道だと思っていても、本当はそこに別れ道などないのです。あるのは、ただの一本道だけなのです。だから、もしあなたがあの日に戻れたとしても、結局は同じ道を歩き、今と同じあなたに辿りつくのです。

私があの日に戻りたいと思ったのは、30歳の誕生日当日でした。

その日、私は5年間付き合っていた彼氏とデートの約束をしていました。30歳までには結婚したいと、彼氏には何度も話していたから、その日に彼氏がプロポーズしてくれるものだと私は内心思っていました。だから、とびっきりのオシャレをして出かけました。何しろ二人にとっての記念日になるはずでしたから。

でも、待ち合わせの時間になっても彼氏は来ませんでした。何度も電話しましたが繋がりません。彼氏に何かあったのだろうか? 私は不安になり、「とにかく連絡をください」とメールを送りました。

5分ほどして返信がありました。
「君と別れたい。本当は今日直接会って話そうと思ったんだけど、勇気が出なかった。ごめん」
と書かれていた。何がなんだかわかりませんでした。二人が別れる理由など、ひとつもなかったのですから。
私はメールで理由を聞きました。何度目かのメールの後、やっと返事が来ました。
「他に好きな人ができた」
その一言でした。それっきり電話をしても、メールをしても返事は来ませんでした。うまくいっていると思っていたのは私だけだったのです。

私のどこがいけなかったのか考えました。
私にはワガママなところがありました。でも、彼氏は笑って私のワガママに付き合ってくれていました。私は彼氏の優しさに甘えていたのかもしれません。でも、いくら悔やんでも手遅れです。それから毎日、ベッドで泣きました。そして、神様にお願いしたのです。「彼氏と付き合い始めた5年前に戻してください」と。もしも戻れたら、もうワガママは言わないと誓いました。

驚いたことに神様は私の願いを叶えてくれました。

次の日目を覚ますと、私は若返っていました。ベッドの脇には昔使っていたはずの古い携帯電話が置いてありました。壁のカレンダーは5年前の8月分が貼ってあります。携帯電話を開くと、今日の日付、8月10日と表示されていました。5年前の8月10日。そう、彼氏との初めてのデートの日です。

私は神様に感謝しました。今度は失敗しない。絶対に彼氏と結婚して幸せになってやる。そう思いました。

彼氏との初めてのデートは5年前とまったく同じように進みました。ワガママも言いませんでした。

初めてのキスの日も、初めて結ばれた日も、あのときのままに過ぎました。幸せな日々が戻ってきました。後はワガママを言わずに、彼氏のことだけを思って、30歳の誕生日を迎えればいいわけです。

しかし、人間慣れてくると本来の性格が現れてしまうものです。いつからか、ついついワガママを言うようになってしまいました。それでも彼氏は、そんな私を咎めることもせずに、笑って私のワガママに付き合ってくれました。

5年の月日が過ぎ、30歳の誕生日がやってきました。彼氏とのデートの日です。

私は無意識にあの日と同じ服を選んでいました。そして、待ち合わせ場所に彼氏は来ませんでした。後は5年前のあの日の繰り返しです。彼氏には新しい彼女ができて、私は振られました。

私は毎日泣きました。そして、5年前に戻りたいと神様に祈りました。

5年前の朝がまたやってきました。三度目の正直。今度こそはと思いました。でも、5年後の誕生日にやっぱり彼氏に振られました。

こんな5年間を私はもう何回過ごしたでしょうか? 何度やっても何度やっても結果はいつも一緒でした。私はワガママを止めることができませんでした。もうこんなことは止めよう。そうは思うのですが、それでも5年が経つと、私は5年前に戻りたいと神様に祈ってしまうのです。同じ失恋を何度も繰り返すのは、精神的にとてもキツいことです。その都度、深い悲しみが私を襲うのです。もう耐えられません。

人間なんて弱い生き物ですから、今に満足できなくなると、どうしても昔に戻って人生をやり直したいなんて夢見てしまうものです。しかし、みなさんは「あの日に戻りたい」などとは夢にも思わないほうがいいでしょう。実際に過去に戻ったとき、地獄が待っているかもしれないのですから。



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