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核を廃絶する合理的な方法(ショート・ショート)

最善世界創造研究会のメンバーはすでに三日三晩会議室に閉じこもっていた。
席をはずすのは食事の買い出し当番の二人と、トイレに行く面々だけ。それ以外は外へ出ることは厳禁だった。
今研究しているテーマはメンバー以外には絶対に知られてはいけないトップシークレットなのだ。

検討している大きなテーマは、「世界から核を廃絶するために何をすべきか」。
もう三年以上、このテーマを追究してきた。
アメリカでのロビー活動や中国での有力な伝手を頼っての会談の開催申し合せ、イギリスやフランス、ロシアの高級官僚との話し合いを行おうと、メンバーは東奔西走していた。インドやパキスタン、北朝鮮にも足をはこんだ。しかし、すべての国から完全に無視される有り様で、話し合いでの解決など不可能であるという結論を出さざるを得なかった。
「話し合いがダメなら、いったいどうすればいいんだ?」
「一国でも核を放棄してくれれば、一気に核廃絶に向かうはずなのに」
「いや、それでは先に進まない。どこの国が自ら進んで核を放棄などするものか」
「でも、核保有国が一斉のせっで核廃絶に舵を切るなどあり得ない」
「今まで長々と話し合ってきたが、これでは埒が明かない。本日はある先生に来ていただいている。では、どうぞ」
研究会会長の声に呼ばれて、一人の痩せぎすの男が部屋に入ってきた。
「おい、トップシークレットじゃなかったのか」
「このやせ細った男に何ができるんだ?」
「こいつはどこの馬のホネなんだ。俺たちとはまったく身分が低いではないか?」
多くの雑音は、会長の「ご静粛に」という鬼気迫る声に打ち消された。
「これから話す内容は、今までのトップシークレットどころの話でない、トップ中のトップシークレットなのだ。だから、今まで会員の皆さんにはお伝えできなかった」
痩せた男が後を引き継いだ。
「これから俺が話す内容を一言でも外に漏らそうとしたら、その段階でそいつには死刑宣告が成される。それほど重要な話をこれから俺はするつもりだ。怖気づいたやつは今すぐここから出ていってもらう」
周りがまた騒ぎ出した。
「こんな気違いをなぜ呼んだんだ?」
「こいつは人を平気で殺すらしいぞ」
「いったいどんな解決策があると言うんだ?」

「みなさん、ご静粛に」
会長が穏やかな笑顔を会員たちに向けた。
「私たちの目標は地球上から核ミサイルを廃絶することだった。しかし、いくら話し合いを続けても一歩も進展していないという事実は受け入れなければならない」
会員たちの顔が真剣になった。
「各国に核を廃絶してもらうことは、もうあきらめなければならない。国によって特殊な事情があるのも、まあそれもわかっているつもりだ」
会長は一度言葉を止めて、会員の一人ひとりの顔を時間をかけて見つめた。
「きれいごとでは解決できないことなど、世界にはたくさんある。核問題もそのひとつなのだ。今までのような生ぬるい対策では、いつまでたっても問題は解決しない。だからこそ、この男に来てもらったのだ」
全員の視線が男を捉えた。しかし、男はまったく動揺もせず、落ち着いた言葉で話し始めた。
「話し合いがダメなら方法はひとつしかない。強制的に核を廃絶する」
「いったいどうやってやるんだ?」
「保有国から核ミサイルを奪うつもりが?」
「そんなスパイ映画みたいなことできるわけが内じゃないか?」
怒号が飛ぶ中、男はカバンから真四角の箱を出した。純金製と思えるほど金ピカな箱がテーブルに置かれた。
会長がポケットから鍵を出した。
鍵が開けられると、そこにはやや小さめの箱がまた入っていた。
今度は痩せた男がベルトに付いた鍵を外して、鍵穴に入れた。

カチャ、という音ともに箱が開いた。中にはリモコン装置のようなものが入っていた。
「このリモコンがあれば、世界中の核ミサイルを自爆させることができる」
会員たちは一言も喋れなかった。
「緯度と経度を合わせてからスイッチをオンにすれば、そこにある核ミサイルはその場で爆発する」
会員たちにもやっと話が理解できたようだ。
「ということは核ミサイルを保有している国は、早く核ミサイルを捨てなければ、自分の国が滅びてしまうということだな」
「確かにこの機械の存在を他国に知られたら、たぶんここにいるメンバーは皆殺しになるかもしれない」
「でも、世界に告知してしまえば、我々の行動もすぐに明らかになってしまう」
ゴホン、会長が咳をした。

「皆さん、さすがにこの会に選ばれただけあって、超優秀な知能を持っている。私たちは世界に告知するつもりはない。ただ、粛々と他国の核ミサイルを爆発させていくだけだ」
「本当に効果はあるのか? 実験は済んでいるのか?」
「実はまだ試作段階で、また実験は行っていない。だから、今日ここで第一回目の実験を行う」
会長が痩せぎすの男に肯いた。
「まずは核ミサイルを保有していない日本で試してみたいと考えている。これにより、核ミサイルがなければ何も問題がないことがわかる」
男の声は冷静そのものだった。
「東京のど真ん中、国会議事堂を目標にしてみよう」
男が緯度と経度を合わせてから、スイッチをオンにした。

東京のど真ん中で大きな爆発が起こり、ビルは一瞬のうちに消え、街ゆく人たちも何が起こったのかわからないまま即死した。

「いったいどういうことだ?」
「何か手違いがあったのか?」
「東京に核ミサイルがあったのか?」
「非核三原則はどうなったんだ?」

痩せた男は一瞬動揺していたが、すぐに落ち着き、みんなに言った。
「俺だって、まさか東京に核ミサイルが隠されていたなんて知らなかったさ。でも、いいじゃないか。国会議員たちが自分たちだけで隠し持っていたのだから、自業自得ってわけさ。これで日本人の最低知能がみんな死んだんだから、これからの日本にとっては未来が明るくなった」
「でも、東京にはもう当分の間住めなくなるぞ」
「首都機能移転なんて言い始めて、もう何十年たったんだい。日本人は自分からは何も変えられない民族なのだから、これくらいしないと永遠に変わらない。俺たちが今いる沖縄県を国の中心にしよう」
「でも、中国やロシアが攻めてこないかな?」
「攻める余裕なんてないさ。中国だってロシアだって自国を何百回破壊できるほどの核を持っているんだから、爆発させれば日本を攻める余裕なんてありはしないさ」

「それにしても強行手段に出たものだね。世界中の放射能は大丈夫なんだろうね」
「未来の子供たちは核のない平和な世界を生きるんだろうね?」
みんなが痩せた男に聞いた。
「そんなこと知るかい。僕は胃がんであと3か月で死ぬんだから」

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