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弱いつながりが新しいチャンスを生み出すというのは本当?

「弱いつながり」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?社会学者のマーク・グラノヴェッター(Mark Granovetter)が提唱した考え方で、家族や恋人のような「強いつながり」を通してではなく、知り合ったばかりの人とのつながりが、仕事を得るなどのチャンスにつながるという考え方です。

たしかに、私自身のことを振り返ってみても、大学院を卒業して最初の職は「弱いつながり」がきっかけで就職までつながったりと、節目節目で重要なつながりは「弱いつながり」であることが多いことに気付かされます。最近も、何年も交流していなかった方との対談をきっかけに、紹介いただいた方とのつながりで新たな仕事につながったという経験をしました。

人は自分と同類、似たものに惹かれる

新しい人と会ったり、話したりすることは、気心の知れた友人に会うのと比べて少なからず勇気や労力のいることです。それは人間が生来的にもつ同類原理という特性と関係しているのかもしれません。同類原理とは、自分と同類、似たものに惹かれるという傾向です。わたしたちは自分と似た考え、見た目、バックグラウンドを持つ人と一緒にいることを「心地よい」と感じる傾向があるのです。そのため、自分と異なる考えや価値観を持つ(かもしれない)他者とつながることは、心理的ハードルも高くなるのです。

けれど心理的ハードルを乗り越えて、新しい人とつながり「弱いつながり」を作ることは新しいものを生み出すチャンスを生み出すのです。

新しい人とつながることは社会の分断をも緩和する

新しい人と出会ったりつながることは、チャンスを生み出すだけでなく、社会の分断を緩和することにもつながります。

社会学者のブレント・シンプソン(Brent Simpson)らの研究では、同類原理がどのような協力関係や社会ネットワークを作り出し、ひいてはこれらのプロセスがどのように社会レベルの分断を生み出すのかを、エージェントベースモデルを使った実験で明らかにしています。

実験では、古いつながりを切って新しいつながりを求めるときに、友人を通じたつながりに限定してつながっていく場合と、集団からランダムにつながりを選ぶ場合で、グループ間の分断がどのように異なるかをみています。その結果、ランダムに関係を持つことが、グループ間の分断を大幅に緩和することが分かったのです。誰とつながるかの小さな選択が、社会全体の構造に大きな影響を及ぼすことがこの実験からもみえてきます。

社会的分断が起こる条件をエージェントベースモデルで明らかにする

社会的分断は現代社会の至るところでみられる現象です。人々の行動や意見がソーシャルメディアを通して記録されることで、社会的分断が可視化され、分断を生み出す人々の行動が浮き彫りになってきています。

社会的分断はソーシャルメディアが登場する以前から存在する社会課題です。とくに人種分離問題は今も昔も世界中の多くの場所で深刻な問題です。

そこで、エージェント・ベース・モデルという分析方法を使って分断が起こるメカニズムを解明しようと試みたのが、アメリカの経済学者でノーベル経済学賞も受賞したトーマス・シェリング(Thomas Scheling)です。

アメリカの都市において、なぜ黒人や白人あるいはヒスパニックの人たちが人種ごとに分かれて住み、混じり合おうとしないか。個々人の選好がどのくらい関係しているのか。シェリングは、1971年に「住み分けモデル(Segregation モデル)」を提案し、簡単なシミュレーションでその仕組みを説明しました。

シェリングの住み分けモデルでは、「赤人」と「青人」というふたつの異なる人種の人たちが街に住んでいます。街は、オセロのような格子状に区画された世界でできていて、ひとつの区画に住めるのは一人の住人だけです。一人の住人が接するひとは最大8人となります。

By Blaqdolphin - Own work, CC BY-SA 4.0,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=91228415

そして、もし周りの住人が自分と同じ色なら満足し、違う色の住人が一定の割合以上になると不満を感じ、空いている区間への引っ越しを考えます。この基準を「満足水準」として、住人はみんなが同じ満足水準を持っていると仮定します。たとえば、満足水準が70%の場合は、周りの8人のうち、6人以上が同じ色でないと不満に感じ引っ越しをするといった具合です。
最初はそれぞれ無作為に街の中に住んでいる状態からシミュレーションをはじめ、満足水準を変化させたときに、街の様子がどのように変化するかを実験したのです。

まず、満足水準が66%、つまり周りの2/3の人が同じタイプの人種に住んでいて欲しいという、かなり同類志向が強い条件で実験すると、赤は赤同士、青は青同士で集まって住むようになり、分断が起きる結果となりました。

そこで、満足水準を徐々に下げていき、どの時点まで分断が起き続けるのかをみてみました。すると驚くべきことに、33%の満足水準、つまり周りの2/3の人が違う色でも満足するという状況においても、赤人と青人の住人ごとに分かれて住む分断が起こる、という結果になりました。せめて33%は同じタイプの住人がいてほしいという、比較的弱い同類志向があるだけで強い差別心がある場合と変わらない結果になったのです。

シェリングのモデルは、現実をかなり抽象化した単純なモデルですが、小さな偏見が積み重なると社会全体としては分断を生み出すという、現象の本質を突いていると思います。

人々が生来的にもつ同類原理が分断がもたらすことは、シェリングのモデル以外にもさまざまな研究で繰り返し示されています。同じような意見を持った人が集まることで、それが反響、増幅されて、異なる意見に触れる機会を失うことが、さらなる分断を生み出すのです。

分断を避けるためには多様性を求めること

では、分断を避けるためにはどうしたらいいのでしょう?

それは、「少しでも多様性を求めること」です。実際にシェリングのモデルにある変更を加えると分断を避けられることが示されています。それは「近所に自分と同じような人が1割以下か8割以上になったら引っ越す」と多様性を求めるように条件を追加したモデルです。すると、シェリングのモデルで分断を避けられることが示されています。

このシミュレーションは「多角形のたとえ話(Parable of the polygons)」という次のサイトで実際に試してみることができますので、ぜひ触ってみてください。

弱いつながりが新しいチャンスを生み出すというのは本当?

ということで、「弱いつながりが新しいチャンスを生み出すというのは本当?」という質問の答えはおそらく「Yes」です。よく会ったり話したりしている友人、知人よりも、疎遠になっている人や新しい人との弱いつながりこそが新しいチャンスを生み出します。さらには、そうした弱いつながりから生まれる多様なバックグラウンドや価値感を持った人とのつながりが、ひいては社会の分断を緩和することにもつながるのです。

心理学者のトーニャ・メノン(Tanya Menon)も、TEDトーク『The secret to great opportunities? The person you haven't met yet』で次のように述べています。

新しいチャンスを掴む鍵はまだ会ったことのない人にあり、会いたくない人に会い、関わりたくない人に関わるように自分に強いることこそが、自分の世界を広げることだ。
Tanya Menon 「The secret to great opportunities? The person you haven't met yet」より抜粋

「まだ会ったことのない人、会いたくない人、関わりたくない人に関わる」というのは非常にハードルが高いですが、これを「人」ではなく、「仕事」や「プロジェクト」と読み替えることで、少し実行しやすくなるのではないかと思います。

これまでに関わったことのないプロジェクト、ちょっと面倒そうだから引き受けるべきかどうか迷う仕事。こうしたプロジェクトに出会ったときには、新しいことや困難なことにチャレンジすることを通じて、これまでの世界では出会わなかったような新しい価値観を持った人にも出会う可能性は高いです。

私が「弱いつながり」に助けられた事例も、全て上記のいずれかの要素を持ったものでした。以前に投稿した「隣接可能空間」という概念をベースとしてエージェント・ベース・モデルでも示されている通り、新しさは今あるつながりに隣接しているけれど、まだアクセスしていない空間(隣接可能空間)を通じて広がっていきます。数ある隣接可能空間からどの空間にアクセスするのか。少し勇気を出して、たまには自分の普段のコンフォートゾーンから出ることが、新たな可能性を切り開く鍵になりそうですね。


以上、「弱いつながり」から、トーマス・シェリングのシミュレーション、そして、社会の分断を避けるため、新しい可能性を掴むためには、多様な人とつながることが大切ということについて述べました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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