#01 そこにあるのは、あたたかい静謐。アグネス・マーティンの抽象絵画について
こんにちは。
このnoteでは、特に傷つくことや疲れることを経験した今、私たちが日々の生活を編んでいく中で、こころに寄り添ってくれる美術作品やアート作品を紹介します。
今回は、アメリカの抽象表現主義を代表する美術家のひとり、アグネス・マーティンの作品です。
https://en.wikipedia.org/wiki/Agnes_Martin
小さなアトリエで抽象のうつくしさを見出す
《Untitled》, 1960, 出典:Museum of Modern Art - https://www.moma.org/collection/works/34006?artist_id=3787&page=1&sov_referrer=artist
彼女は、正方形のキャンバスに、線だけ、あるいは色だけで構成された絵画を好んで制作しました。
彼女は1912年、スコットランドに生まれ、のちアメリカに渡って高等教育を受けました。そこでは『禅』を含む東洋の哲学に関心を持ったそうです。
彼女は美術の教師をしていましたが、30歳で美術家として生きてゆくことを決め、しばらくはニューヨークで活躍。
そして1967年からは都市を離れ、自ら建てたシンプルなアトリエを持ち、2004年に亡くなるまで、制作を続けました。
《Praise》, 1977, 出典:Museum of Modern Art- https://www.moma.org/collection/works/63845?artist_id=3787&page=1&sov_referrer=artist
彼女の作品には具体的なモチーフは見受けられませんが、ごく丁寧に描かれた線の一本一本や、薄いベールを重ねたような繊細な色づかいは、緻密な計算の上に成り立っています。それにより、これらの作品は無音に近い静かさで語られる詩のように、私たちのこころにそっと触れてくる芸術として完成されているのです。
彼女の作品につけられたタイトルは、その多くがポジティブなものとなっています。彼女はそれについて、こう語ったそうです。
"Beauty and perfection are the same. They never occur without happiness.”
——ウィキペディア 'Agnes Martin' https://en.wikipedia.org/wiki/Agnes_Martin より引用
「美」と「完全性」は同一であり、それらは、「幸せ」があって初めてあらわれるもの。妥協なく作り上げられた彼女の作品には、即物的なものでない、純粋な「幸せ」を希う気持ちが込められているのではないでしょうか。
"Faraway Love"
《Faraway Love》, 1999, 出典:Tate - https://www.tate.org.uk/art/artworks/martin-faraway-love-ar00178
この作品のタイトルは "Faraway Love" です。そのまま訳せば、『遠く離れた愛』となります。 ‘Faraway’ という言葉からは、「別離」、すなわち誰かとの生別や死別、あるいは何かを失くすこと、が想起しうるのではないでしょうか。淡い青色の画面に引かれた数本の白い水平線は、遠い小波のようにも、または決して交わることのない平行線を描いている、自分と他人のそれぞれのこころのようにも思えます。
ひとが別れのことを思うとき、そこにはきっと、 'Love' が存在していたように思えます。この作品がやさしさを以って私たちに触れるのは、私たち自身と、別れたものの間にあった「愛」とよべるものを、肯定し、その存在をそっと収めておいてくれるからだ、と私は考えます。
深い洞察から生まれる自然美
《Mountain》, 1960, 出典:Museum of Modern Art - https://www.moma.org/collection/works/36262
アグネス・マーティンはまた、彼女自身の自然美に対する深い洞察をも作品に含めているように思われます。『美学辞典』(佐々木健一、1995)では、「自然美」はこのように定義されます。
『真の自然美とは、われわれを包む大きな光景のなかで、全身の感覚を通し、感嘆の念をもって捉えられた、存在の無限性のことである。』
——『美学辞典』(佐々木健一著)より引用
この言葉に照らしてみたとき、彼女の作品は、直観的に、そして的確に、自然そのものの姿を写しとろうとしているように感じられます。彼女の作品は人工的なロジックに基づいたものではなく、ひとの持つ「感覚」そのもので感じ取ったイメージだ、といえるのではないでしょうか。
また、アグネス・マーティンの作品は、その原初性ゆえに、私たち鑑賞者のこころに抵抗なく馴染むと同時に、私たち自身の記憶や感情と共鳴するのではないか、とも思います。シンプルで、ミニマル、けれどあたたかく、そっと琴線に触れてくる彼女の作品は唯一無二であり、静けさを湛えた詩、そのものであるように思います。
お読みいただき、ありがとうございました。今回は、抽象表現主義作家のアグネス・マーティンと、彼女の作品をご紹介しました。拙い文章だったかと思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
ヘッダー引用ポートレート《Agnes Martin》, Charles Rushton , 出典:https://crushton.com/portrait_gallery_images/agnes_martin.html
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