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飯フレ

「ひとりよりふたりで」

暖かい部屋。おしゃれな照明。素敵な音楽。そして、美味しい匂い。
「もうご飯できるよ」という彼の言葉を合図に私は動き出す。2人分の食器を用意し、お互いのコップに水を注ぐ。土鍋で炊いたご飯の粒を潰さないように慎重によそう。
彼と作ったご飯を食卓に並べ、程よい距離感でソファーに横並びに座る。ひとりで食べるには大きすぎるテーブルも2人だとちょうどいい。彼が好きな芸人さんのYouTubeをつける。行儀が悪いのなんの言われるかもしれないがこれが私たちの食卓。
2人の食事。


彼と話始めるようになったのは去年の夏。前から知り合いではあったが、ちゃんと関わるようになったのはその頃からだ。「人の作るご飯、久しく食べてないな」という彼のその一言でこの関係が始まった。とは言え身体の関係はもちろんない。よく男女二人が遊ぶと付き合ってるんじゃないか、セフレなんじゃないかと言われるが、あまりにも心が穢れすぎじゃないかと思う。男女の友情はお互いがきちんと理性を保っていると成立するのだ。あと単に私が彼のタイプでは無いのが大きい。こんなにいい女がタイプじゃないなんて彼は本当に目がついているのだろうか。変なやつだ。
そんな変な彼とのご飯会も今回で3回目。今回はなんと餃子パーティ。お互い仕事が忙しく減量していたので年末に餃子を思いっきり食べようと2ヶ月前から計画していた。一緒にスーパーで材料を買い、彼の家で料理をする。彼の家で調理するのはキッチンがとても広いから。私の家のキッチンの2倍はあるし三ツ口コンロもある。なんて贅沢な暮らしをしているやつだ。
彼が材料を切っている間、私は会うまでの2ヶ月間何があったかを近況報告する。「きも!」と何回も言われながらも先を促されるため話を続ける。聞く側の態度があまりにもなっていない男だが、フラットに見てくれるので案外救われていたりもする。
大体の話を終えたら今度は私がタネを作り味付けをする。交代で彼が近況報告。全くと言っていいほどキモくないしなんなら彼女が出来たらしい。頭から何までおめでたいやつだ。人として最高に良い奴なのでちょっとくらいはキモくあって欲しい、とても尊敬しているけれど。

2人でタネを皮で包んでいても個性が出る。

左側の平べったいのが彼。右側の丸っこいのが私。

その違いがなんとも「2人で作る」感じがして尊い。ザ・人のご飯。
私は人のご飯を食べるのが好きだ。料理が相手より下手くそだから恥ずかしいとかそんなこと考えなくていいし、それに相手の家庭の味が垣間みれるところが嬉しい。生まれも育ちも違うあなたはどんな味を作るのだろう、とわくわくする。結婚相手には率先して料理を作ってもらいたいものだ。というより料理が好きな人と結婚したいものだ、今の所予定は全くと言っていいほどないが。



ただ彼とのこの時間も今回が最後である。彼女ができた人間とは例え潔白であれど2人きりでは会わないことにしている。自分がされて気持ちいいものじゃないからだ。それに私は「自分の彼氏の女友達にいたら嫌な女」と称されるくらいには彼氏を奪いそうな女に見えるらしいし。
だから、これが本当に最後である。


ご飯をぺろりと平らげたあとそそくさと帰る準備をする。まだゆっくりしてけば、という彼の誘いを適当な理由で断り、もう何回履いたか分からないくらいよれよれなブーツを引っ掛ける。
ドアノブに手をかけた時、そういえば、と彼が呟き、「餃子にポン酢って合うんだね!」と無邪気に笑った。私はなんだか胸がきゅうっとなった。咄嗟に家から持ってきたポン酢を彼にプレゼントする。持ち帰るには重いから、と本音と建前の間のような言葉が口をついて出た。ほぼ押し付ける形で急いで彼の領地から出る。

「じゃ、また」

いつもと同じセリフ。だけどもうしばらく言うことは無いセリフ。

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