書くということ、生きること
「浮かんできたお魚を捕まえるのよ」
どうすれば書くテーマが見つかりますかと訊いたら、その人はそう言った。
「どこかにいる大きなマグロやクジラを捕まえようとしない。深いところにいるお魚も頑張って探しに行かない。日々の中で、心の水面に浮かんできているお魚がいる。それを捕まえる練習をすること」
その日の夜は雪になると聞いていたのに、帰り道はざあざあ降りの雨で。
だけど地下鉄に乗って最寄駅の出口を上がったら、みぞれ混じりの大きくて重たい雪が、夜空を縦横無尽に暴れ回っていた。
私は袋に入れたままの折り畳み傘を小脇に抱え、普段だったら絶対に濡らさないムートンコートのフードをかぶり、前ボタンを全て閉じる。
階段を上がった所でもたもた傘を開く人を追い越し、横断歩道のツルツルした白線の上を滑らないよう慎重に渡る。
前を歩く人は足早に離れていき、後ろを振り返っても人はいない。
イヤホンでずっと聴いてた音楽を最大ボリュームに上げ、メロディに合わせて歌う。
"何か見つけられるかな"
"いいことあると良いね"
こうやって毎日を生きることが、私の湖のお魚を増やしていくのだとしたら。
1日でも、1時間でも、1秒でも、長く生きたい。