#125 女性性によって私たちは繋がっていた
婦人科検診は嫌いだ。
もちろん「私は好き」なんて人に会ったことがないから、口にするまでもない普遍的意見だろう。
嫌いというより恐ろしい。
ほかの体のどの部位に比べても恐ろしさが並大抵ではない。
子どもを三人も出産しておきながら、ヘタレにもほどがある。
なんというか人間の尊厳を奪われるギリギリの感じがある。
こんなセンシティヴな場面だからこそ、医療従事者の方々の役割は大きいだろうと思っている。
そのヘタレの私に、総合病院への婦人科受診の試練がやってきた。
「潔く行きなさい」と自分をけしかけながら待合室に座る。
そこに居る女性たちは何か心配ごとがあるからこそ診察を待っている。
それぞれ口にしなくても皆、受診そのものの不安と、診断結果への不安を抱えながらそこに居るはずだ。
『ああ、この空気感‥‥ 以前にもあった‥‥』
それはBrest Care Unit (乳房外来) でのことだ。
そこはマンモグラフィーの結果、さらなる検査を示唆された女性たちが不安な面持ちで待つ場所である。
乳がん診断後、もしくは術後の治療に通うクリニックであり、
さらには乳がんを克服した後に、定期健診に通う場所でもある。
その場に居合わせる女性たちが互いに交わす視線の、なんと柔らかで慈愛に満ちたものだったことか。
彼女たちはもちろん私がそこに居た経緯を知らない。
ただ、まるで「女性であるが故に通過しなければならない」といわんばかりの連帯感でそこに居た。誰ひとり漏れることなく。
あの慈しみに包まれた空間は、私の胸に刻まれた‥‥‥
昨日の婦人科の待合い室もまた、あの時の空気を思い出させるような連帯感に満ちていた。
目を閉じる。
ヨガの呼吸法で自分を落ち着かせようとする。
ジーザスに「私の手を握っていてくださいね」とお願いする (これを“祈り”と呼んだりもする)。
Bach Flower Remedyのレスキューレメディーをこめかみにすり込む。
なんともないふりをしながら水面下で足掻きまくっていた‥‥
若い女性が1歳半くらいの男の子と一緒だ。
なんどもなんども待合室の外に歩いて出ていこうとする子を先回りして通せんぼする女性。
待合室の全員に笑みがこぼれる。視線が束になって男の子を愛おしみ、「はぁ〜」とか「ほ~」とかいう安らいだ声が、その場から漏れる。
とうとう私の名が呼ばれる。
心地よい椅子に促される。
先生はどんどん私に質問を投げかけ、コンピューターに記録していく。
先生「パートナーとは何年一緒にいますか?」
私「30年です」
先生「出産経験は?」
私「三度です」
ここまで答えた時に、私の胸になんともいえない感慨が広がった。
本当に上手く言えないのだけれど、
問診への答えのなかに、私が「私」である尊厳が詰まっていた。
それは、簡単なようで当たり前のようでいて、私にとっては何度も自分を奮い立たせてやってきたことだ。
女性性はしんどいこともあるんだよ。
陣痛の度合いは、男性が経験したら気絶するといわれる痛みだというよ。それを通過しなければひとつの命を誕生させられないのだから‥‥
その日、婦人科の先生はとても丁寧な手さばきで、モニターで映像まで見せながら、なにも心配はなかったと実況してくださった。
看護師さんたちもとても優しく、心配りがこまやかだった。
この同じ病院で、出産をした際に私は傷ついて、それがトラウマになっていた。
何度も祈って何度も許すと決めたのに、忘れていない自分が居た。
それをまるで払拭してくれてるかのような温かいケアに見送られて診察室を後にした。
『せっかくの人生、anyone (誰でも) じゃなくて、someone (何者か) になりたかったよ‥‥』
ともすれば、そんな思いが湧くことがある。
でもそう思うのは間違ってた。
(誰に言われなくても、これを功績と実感できたのがうれしい)
女性性を尊重してもらえた、と感じる時、それは感謝にあふれる体験となった。
女性の体は、デリケートでありながら試練が多い、ように思う。
そんな女性性によって、多くを言葉にしなくても私たちが繋がった、あの感覚を言葉にして残しておきたくなった。