#78 日本の生活一か月でパトカーに乗せられた息子の話
「彼らは職務をこなしただけだし、別に対応が無礼だったわけでもないんだ・・・」そう断ってから、それでもやっぱり『不条理だ』ということに怒っているし、『ずっとモヤモヤしている』ことを息子は話し出した・・・
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イギリスで生まれた18歳になる息子は、6月の頭にひとりで日本に渡り、今は北海道で農業のボランティアをしている。
今年大学に進学することをせず日本に行ったのは、自分のルーツである日本の文化を経験し、国民性を理解したい、そのために日本語を学びたいからだ。それは自分が日本人であることに真摯に向き合いたいという想いから発したものだ。
もちろん、日本到着後は自主隔離期間15日間をたった一人で過ごした後で北海道へ渡った。
働きぶりを見てはいないが、本人が言うには、「とても勤勉だ」と評価されているとのこと。それで、「たまにはゆっくり海に行っておいで」と言っていただき、自転車を借りて海岸を散策して久しぶりの海を見て楽しんだという。
翌日もまたそんな時間をいただいたので、とても気分良く海岸に向かった、その途中で事件は起きた。
息子がパトカーに止められ、警察官から職務質問をされたというのだ。
まずイヤホンで音楽を聴きながら自転車に乗っていたことで注意されたのが止められた理由だ。
その警察官は息子が日本語を十分に理解できないこと、身分を証明できるものを携帯していなかったことで、別の警察官を要請したという。
待っている間に、息子の口から「私は日本のパスポートを持っている日本人だ」と聞いた途端彼女は、それなら同僚に連絡する必要がなかった・・・という態度に変わったという。
しかし間もなく2台のパトカーとふたりの警察官に囲まれてしまう。
息子は、自分はイギリスから来ていて、どこそこの農業コニュニティーに居て、英国人でも日本人でもあることをカタコトで説明したという。
そして警察官が農場へ電話をかけ、スタッフに息子の話したことがすべて本当である確認を取ったそうだ。
息子にとっては、自分は日本人なのでそもそもIDを携帯する必要がないのに、足止めを食らっただけでも迷惑した。だから早く海へ行かせてほしいと思った。
だが、警察官は息子を返してくれず、自転車をコンビニ前に駐めさせ、パトカーで彼の滞在先の部屋まで乗せて行き、パスポート等、証明書を提示させ、それらの写真を撮ったという。
これは私の想像だが、要請した (された) 現場に費やしたログが必要であり、記録を残すための証明を取る必要があったということなのだろうか・・・
息子が再度自転車を取りに戻った頃にはもう海へ行く時間は残っておらず、彼が心待ちにしていた時間が、『不審な人間として疑われた時間』にすり替えられて終わった。
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これが、息子が一晩明けて私たちにZoomで話した、昨日の顛末だ。
それを聞いていた私たち、父・母・兄の三人は各々に不条理な出来事を嫌と言うほど経験している。私たちはきっと画面から顔を見ているだけで、みんなが痛みを共有していた。
息子の頬をツーっと涙が伝う。
私たち家族がみんなで話し合ったことをまとめてみたい。
第一に、日本では都道府県別に異なるルールがあるなかで、『北海道ではイヤホンを使用し周囲の音が聞こえない状態で自転車を運転することが禁止されている』のだそうだ。
これは正直私も知らなかった。そして暮らし始めた息子もそれを知らずにやっていたので、その件に関しては『止められて注意を受けた』のはもっともなことだと理解している。 今後の安全のためにも、警察官が息子に注意をしてくださったことはとても有難い。
第二に、息子は自分が『ガイジン』だと思われたからこそ職務質問を受けたのだ。警察官は不法滞在ではないことを確認しなければならなかったし、なぜコロナ下にこんなところに居るのか疑問を持ったのだろう。田舎の警察官が、見慣れぬ顔の青年を外国人だと思い込み、携帯義務のある在留カードを持っていなかったので足止めしたのだ。
これだけのことをほとんどの日本人は疑問に持たないし、問題視しないと思う。
だが、ここでまず息子は『不当に線引き』されたと感じた。
任務にあたった警察官は、、見た目による先入観で分けたのである。無意識とさえ言えるかもしれない。
例えば多くの日本人が『イギリス人』といったら白人を連想するのじゃないだろうか。でも英国内での人種の多様性を知ればそれがいかに見当違いなことかがわかる。
2020年に起きたBlack lives matter のムーヴメントを憶えているだろうか。
犠牲になったジョージ・フロイド氏の死だけじゃない。アメリカで白人の警察官がなんのいわれもない黒人市民に対して後ろ手に手錠を掛け押さえつける映像を何度目にしたかわからない。
極端すぎる例だと言われるだろう。 でも、その人物の思想や品性に関係なく、外見の違いで判断する点においては似ている。
事実、警察官ふたりに囲まれている時には、あの黒人の人たちの無念さを考えてた、と息子は言った。
第三に、息子のポジションが『在留カード不携帯のガイジン』から『日本人』に変わった途端に、驚くほど警察官のトーンが変わったことが逆にショックだったというのだ。 他国人 (外の存在) と見なされている時から自国民 (内の存在) に変った時に態度が変化する。きっと結構ふつうのことだ。
ふつうにあることだけれど、かつて7年間日本に暮らした夫が特に感じていたことがあると言う。
「日本は、知らない相手や自分のサークルの外にいる人間には無関心だし距離を置いている。一方、いったん知り合い・仲間になると、ものすごく親切な人が多い」と。 ‥‥私もそう思う。
長男は、日本に半年間留学をしていたが、「自分がより日本人だと感じるのは日本以外の場所にいる時だ。日本にいた時が一番、日本人からは遠いのだと思わされた」と話す。
その気持ち、私もわかる。自分がいくらみんなの一部のつもりでも、周りがそれを認めていなければ、ひょんな拍子に疎外感に苦しむことになる。自分の想いだけでは不十分なことがあるのだ。
多様性に触れること、マイノリティーの立場を経験してみること、訪れる先の文化をリスペクトすること‥‥ 旅に出て、知らない世界に飛び出すから見えてくることがある。
ひとりでさぞかし心細かっただろう‥‥ ひとつひとつの経験を重ねて色んな立場の人を慮れる人になってほしい‥‥
息子はしばらく込み上げる涙をティッシュで拭っていたが、彼の想いを私たちがまるっと受け止めたら、スッキリしたのか最後には笑顔がこぼれた。
話し終わった息子に、みんなで「話してくれてありがとう。これから嬉しいことも残念なこともきっとたくさんあるよ。たまには英語で口にすることで胸のなかが整理されると思うよ。また話そうね」と言った。
ティーンエージャーの猛々しい正義感で「日本人の権利を有する自分がなんであんな目に合わなければいけなかったか」と、言いたかろう。
イヤホンの件以外には、息子は間違ったことをしていないよ。しいて言うならば、要領を知らなかっただけ。
これからもガイジンだと思われる時がきっとあるのだから、すぐにIDをだせれば、誤解に巻き込まれないで済むのだ。
息子はこれから保険証の携帯は忘れないだろう。
きっといつか「あの時の教訓のおかげだ」と感謝できる日がくるよ。
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