#248 みんなどうかしちゃってるこの季節
英国の11月は人の購買意欲が爆上がりする。
12月に入るとスーパーマーケットでも煽られる。
ふだん閑散とした斜陽化する我が町にも、メインストリートで見かける人々はなにか目的を持って動いているように見える。
いわずもがなのクリスマスに向けて準備を始めるからだ。
25年間、いつもこんな光景があったはずなのに、ちょっと他人事だった。我が家は堅実であらざるを得なかったので平常心で来たと思う。ところが一歩街に出た昨日、
「みんなどうかしてるよ‥‥」
を、とんでもなく感じてしまった。
歯医者さんに行くため街に出たついでに、人気のアウトレット店に入った。洋服、スキン(ヘア)ケア、おもちゃ、靴、室内装飾品、贈り物的嗜好品などが揃い、行く度に違うものに出会う宝さがしのようなチェーン店だ。
この秋、娘が使っていた部屋を、作り付けの洗面台と箪笥がついていたワークトップをぴっぱり剥してリフォームした。それからというもの、新しい抹茶色ギンガムチェックのカーテンの切れ端をいつもバッグに入れていた。その色味に合わせた客用の布団カバーセットが見つかったではないか。コットン100%の質感もいい。タオルセットも探す。クリスマスストッキング(下げておいてクリスマス当日にそれぞれが自分に貰ったものを開ける)*に入れる家族全員分のプレゼントもどんどんバスケットに入ってしまう。
途中、何度か一度バスケットに入れたり返したり、かなりの逡巡があった。軽く値段を暗算したら文字通り「暗く」なったからだ。
それでも店を出た時は両腕に抱えられる限界ではないかというていだ。徒歩25分の帰り道では軽く後悔しつつ、自分は負荷をかけるエクササイズをしているだけだと納得させながら歩いた。
つい昨夜のことだった。「お金を使うのはめっちゃ容易く、得ることは大変だね」と夫と話していたのは。
私が一定のお給料をいただく身分だった頃、買い物はストレスの発散になり気分が高揚した。今は弁解めいた思いと罪悪感で揺れもする。
この冬、英国(UK)では百七十万人がヒーターを使わないで冬を越すと答えたという調査がでた。
今は昼間で私のパソコンには11℃という文字が出ているが、今のところ寒さはかなりマイルドだと言われている。我が家でもこの冬セントラルヒーティングは一度も点けていない。こんなの家だけだと感じていたところにこのニュースは正直驚いだ。(自分ごととしてはなんら驚かないけれど、他の人たちは温かく暮らしているものと思っていた)
一見、このくらい生活が困窮したUKでありながら、なぜ街では皆な競うように買い物をするのか、矛盾しているように見える。
でも私にはわかるのだ。自分がそうであるように‥‥
クリスマスは家族や親せき・友人との『心通う時』だからだ。
私は「自分は冬じゅう我慢してもいいから、子どもたちがパートナーを連れて集まっているクリスマス期間一週間だけはケチケチせずにセントラルヒーティング大放出でお願いね」と倹約家夫を拝み倒している。
普段遠く離れた地で暮らす子どもたちが年に一度集まるクリスマスには、ほっかほかな気持ちで過ごしたいし、不便も不快も与えたくない。
きっとみんな似たようなものなのだ。
高額所得の家族以外は多くの家庭では何らかの我慢を強いられる生活にあっても、クリスマスだけは夢のような時を過ごしたいのだ。
昨日私も何時間居たんだ?というくらい見て回ったお店で、8個のレジがフル回転しながらもできる長い列につきながら、
「みんなどうかしてるし、わたしもどうかしてるわ‥‥」
そう思っていたし、この先もクリスマス準備への出費のたびに思うのだろう。
この国が精神的にも経済的にも『冬』を乗り越えられるのは、クリスマスという希望があるからだとなんだか実感してしまった。
ジーザスの誕生日でありながら、クリスマスが神を信じない人にとっても特別なのはそれが文化だから。
日本人にとって除夜の鐘が心に沁みるように‥‥
神道も仏教もよくわからなくても日本人が初詣をせずにいられないように‥‥
大切なのは物質的に満たされることではないのはわかっている。この時期の著しい消費はあまり褒められたものではないかもしれないが、『子を想う』『孫を想う』『親を想う』『親友を想う』尊い感情でもあるのだ。
自分のためというよりは『大切な誰か』のためなのだから‥‥
ヘッダー画像は( Image: Matthew Lofthouse SWNS)からお借りしました。
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