#129 フレンチポリッシュ職人のにわか弟子となる
愉快なフレンチポリッシュの職人と出会う
R氏はFrench Polishing (フレンチポリッシュ) のプロである。
フレンチポリッシュは、ピアノやギターなどの楽器の持っている特殊な光沢、あの技術である。深い美しさは、何度も何度も重ね塗りをすることによって生まれる。
私は週に一度ボランティアで、捨てられていた家具を再生して売るワークショップで働いている。今日は下の記事で紹介したお店のその後の様子を報告したいと思う。
R氏は週に一度の契約職人で、フレンチポリッシュの家具を仕上げている。
クレイを使って模型の船や飛行機の「操縦士」を作るというなんともニッチな趣味があり、オンラインで世界中の模型マニアからの依頼があるのだという。
そんな器用な彼はフレンチポリッシュのエキスパートでありながら、仕事に線引きをせず、大工仕事でもなんでもこなしている。
R氏は面白い。日本にとても興味があって、私は一日中いろんなことで質問攻めに遭う。
イングランドの南西部は圧倒的白人社会なので、コスモポリタンな都市部に比べると人種の違う人間をやや扱いかねている人も多い。
そのせいか、私が日本人だとわかっていても、何の興味も示されないことも普通に多い。
逆に国のことに触れないように気を遣う人までいて、ややこしい。つまり「あなたの国では・・・」といろいろ尋ねるのは人種差別のような印象を与えないか‥‥という、込み入った懸念があるのだろうと思う。
そんなことが日常なので、R氏のように素直にいろんなことを訊いてくれて、会話に冗談が炸裂するのはとても居心地がよいのだ。
フレンチポリッシュに興味を示していたら、教えてもらえることに‥‥
R氏は毎週木曜日にやって来るが、私の担当は火曜日だ。
なぜ彼と一緒に働くことがあるかというと、彼が木曜に用事が入った週は、代わりに火曜に来るからだ。
その日も、一緒に作業をしながら、「今は(フレンチポリッシュの)どの段階?」とか「これを何回繰り返すの?」とか質問しまくっていた。
そうしたら
「Would you like me to teach you French polishing?」(フレンチポリッシュを教えてほしい?)と訊いてくれたではないか。
「Yes, please!」即答!心の中のガッツポーズ。
こうして私の新たなプロジェクトが始まった。
それがこの椅子だ。これはちょうど部屋の角の位置に置く椅子だのだろうとは思うのだが、中心を前にして座るとちょうど背中に当たる部分が邪魔にならないのだろうか‥‥
あいにく座板の部分がないので、まだ座ってみたことはない。
中心ではなく、右向きか左向きのどちらかで座ればいいということなのだろうか‥‥
この謎の残る椅子をとにかく綺麗にすることから始まった。
まずはお湯に食器洗い洗剤を溶かし、軽く絞ったスポンジで椅子全体を洗う。
乾かした後、全体にサンドペーパーをかけ、表面をスルスルさせる。
使っているものを紹介しよう。
サンドペーパーの粗さは320番。そしてポリッシュに使う液体はシェラックというもの。
シェラックで一度塗装する。
乾くと、その表面は必ずしもスベスベではないので、サンドペーパー320番で軽く優しくなでる。
表面がスルスルしたら、再度シェラック塗装。
乾いたらもう一度サンドペーパーをかけ、三度目のシェラック塗装まででその日は時間切れ。
そこまでで出た光沢がこのような感じ。
翌週は教わったとおりに一人で仕上げをする
翌週火曜日にはR氏はもういない。先週言われたことを一人黙々とやっていくことに‥‥
るLIBERRONという会社のスチールウールが、市場では最高にキメが細かいのだそうだ。表面がスベスベになるまで撫でつけた。
最後はこのワックスで仕上げをする。これ以上色を濃くしたくなかったので、私は LIGHT (ライト) を使用。
出来上がったこの光沢、わかっていただけるだろうか。
火曜に仕上げて置いて行ったところ、木曜にR氏からのお墨付きをいただくことができた。ホッ。
このコーナーチェアに関しては、座板を作ってもらわないと作業が次へ進めない。
座板にクッション部分を載せて布でカバーしたものをはめ込むまで、作業はまだまだ続く‥‥
また追ってここに報告していこうと思う。
工場で効率よく大量生産された家具を想う。
私たちのやっていることは対極の過程だと言えないか。
大昔の職人さんが手作りしたこの椅子は、捨てられたらそのまま朽ちていくだけだったのだ。
少しずつ少しずつ息を吹き返していく様子から、私も力を貰っている。
捨てられた家具にいのちを吹き込む
ワークショップに、ボロいWardrobe (洋服ダンス) が置かれていた。光を遮ぎるほどの大きなもので、正直じゃまだと思っていた。
この洋服ダンスを復元する過程で、R氏が私にもやってみたいか?と訊いてくれた。
左側の外れた扉は裏向きになっているのだが、叫んでいるような動物が合わせて四頭。そのうち左下の動物の顔だけすっぽりと無くなっていた。
ほかの部分から型をとり、その型枠にクレイをはめ込んで固めたものを接着する。ここにR氏の趣味が生きてくるからすごい。
木製のなかに材質の違うものがあるため、いかに質感を周りの木に似せて仕上げるかが重要になってくる。
R氏は、光の当たる部分や陰になる部分を違う色の昆虫のパウダーを混ぜ込んで絵画さながらに描く作業を私に手伝わせてくれた。
化粧はうまくない私だが、メークアップのビデオでハイライトやシャドーを使いこなす技術にとても似ていると思った。
そうして完成した洋服ダンスがお店に並んだ。
こうして私は、一度捨てられた家具を再生させる技術を教わっている。
正直『こんなものが‥‥』と思っていたのは、ビクトリア調やエドワード調の、一度失えばもう取り戻せないものだったのだ。
もののいのちを蘇らせる活動を通して、過去の職人さんの魂を感じることもある。そうやって自分もどんどん元気になっていくのだ。
収入を得る仕事ばかりが価値があるわけじゃない‥‥
今の私は、日々のひとつひとつにとても感謝している。
引き続き、捨てられた物がこの場所でどんなふうに再生され提供されているかを紹介していけたらと思っています。
【投稿後記】
前述の椅子の座面が完成しました。これは Rush seat といって、イグサのような天然素材を編み込んでいく、ヨーロッパの昔ながらの製法。現代では太さが均等で編みやすいように、樹脂を含ませた紙を撚ったコード(紐)で編まれることが多いようです。
倉庫から引っ張り出した時の状態を思うと「こんなに立派になって‥‥」と目を細める老母の気分だ。
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