【恋愛小説】私のために綴る物語(24)
第五章 一期一会と二律背反(4)
「これからどうするんだ」
槇村は眉間にシワを寄せていた。肩に手をかけて、自分の方に向けて話しかけていた。
「家に帰る。こんなところにいたくない。槇村さんは好きなだけあの女と遊べばいい」
「もう終電はとっくに……」
声が大きくなる多香子と比べて、槇村は落ち着かせようとしているのか、低く優しく声をかけようとしていた。
「タクシーで帰るから大丈夫。もう嫌、顔も見たくない」
「多香子……」
「多香子だなんて呼ばないで。汚らしい。本当に嫌」
着てきたワンピースに着替えると、バックを持ってもう出ようとしていた。そこに風呂から上がった女が出てきた。
「あの人もっとしたいって」
多香子は睨みつけながら言った。槇村と女がえっと顔を見合わせた時には、もう部屋を出ていた。エレベーターでロビー階に降りる時、忘れそうになった、正弘へのメッセージを確認して送っていた。
ロビーから外に出るとタクシーは一台もなかった。
呆然として、ロビーに戻り、やっぱりタクシーを呼んでもらおうとフロントに行こうとしたとき、腕を掴まれた。
「何をするんですか、声を出しますよ」
そう言って振り向くと、槇村がいた。シャツとスラックスを慌てて身に着けたようで、シャツははだけ気味だった。
睨み合った瞬間の後は言い合いになった。真夜中とは言えロビーにいた人たちの視線を集めることになった。槇村の姿からは、情事の最中に喧嘩をした、としか思えないだろう。シャツのはだけ方や髪の毛の乱れがどうにも艶めいている。
「ここで、修羅場をする訳にはいかないだろう。部屋に戻ってくれ。何もしないから、君を触りもしない」
そう言われて、周りを見ると不思議な空気になっていた。痴話喧嘩に注目していいのか、目をそらすべきかと言う状態で、多香子もここにいられないことに気がついた。
「わかりました。本当に何もしない、ですね」
「あぁ」
槇村はそういった手前、エレベーターに乗るときエスコートする癖で、腰に手を回そうとして慌てて引っ込めていた。しかし部屋に入る時には手を出していて、多香子はたたき落としていた。
「痛いな」
「触らないって、言ったのに」
多香子のあまりの癇癪ぶりに、槇村は辟易していたのか、ソファに座った多香子に対し、距離をおいてベッドに腰かけることにした。
いつまでもこっちをむこうとしない多香子に声をかけた。
「話をしないか」
「そんな必要はない。もう終わり。そもそも話をするほどの関係じゃない」
「たしかに、2回目だ。でも、回数でも時間でもないだろう」
「行きずりの関係。それ以上でもそれ以下でもない」
「君は本当に誰でも良かったのか」
「そう、彼以外の男とやりたかった。あなたは第一印象が悪くなかったから。それだけ」
「何がそんなに、気に入らなくなったんだ」
「何がって」
多香子はため息を付いて、苦笑いをして言った。
「全部。命令される関係も、あなたの顔も、あの女も」
「あの女か。嫉妬でもしてくれたのかと」
槇村はふっと表情を緩めていた。その事に気がついた多香子は睨みつけた。
槇村は少し呆れながら、苦笑いしていた。多香子のテンションは天井を知らないかのように上がっていった。
「見せつけて、嫉妬するように仕向けるなんて。最低」
「最低か。僕は君とどこまでも落ちていきたいね」
丁寧な声でやさしく同意を求めて、槇村は多香子の目を見ていった。
「そうか、私だって、最低か」
そう言うともう多香子は、何も言う気がしなくなっていた。
一方で、槇村は少しでも距離を縮められるように、優しく話しかけていた。目線を合わせて、笑いかけて。
「僕は君の秘密組織論が微笑ましくて、近づきたくなったんだ。その気の強さも可愛い」
「……」
「君と話をするのが楽しいんだ。少しは分かって欲しいな」
「……」
「これで、終わりでいいとは思えないんだ」
「……」
「こっちを向くんだ。顔を見せてくれ」
「なんで、そんな事をしなきゃいけないの」
反応が返ってきて、大丈夫だと思い始めていた。この女は本心ではそれほど拒絶しているわけではない。
「僕は絶対に終わらせない。君を手放す気はない」
「手放すって、私はあなたのものじゃない」
「思ってもいないこと言って、自分を下げるのはやめろ」
もう我慢ができなくなっていたのか、多香子の前に立っていた。すると、多香子はそっぽを向いてしまった。その顔を自分の方に向けると、口付けをしていた。多香子は受け入れて、応えているようだった。
「多香子、君は」
さっきの印象通りだと思った。すると、またそっぽを向いた、多香子の顔を手で抑えていた。
「あなたが嫌い。だいっきらい。偉そうで、私を下に見ていい気になって‥‥。それに無駄に暑苦しい。こんなに暑苦しいと思っていなかった。もっとクールでドライ……」
「もう本当にうるさい」
そのまま口をふさぐように多香子の口を貪っていた。そして押し倒していた。
「熱をって何が悪い。僕は欲望の塊だ。何もしないなんてできるはずもない」
「嘘つき。嘘つきなんて大嫌い」
そう言った多香子は、槇村を胸に抱き寄せていた。
「多香子が一番の嘘つきだ」
「確かに一番大切な人でなく、どうしようもなくあなたとしたいと思っている。でも絶対に愛さない。それでもいい?」
「もちろん。受けて立つ。もっとも君が僕の一番かどうかは教えないけど」
自信満々で答えていた。大丈夫落とせると思ったのだ。
「キスをして。そうしたらこれを脱ぐから」