【恋愛小説】私のために綴る物語(37)
第七章 初めての秘密の痛み(2)
今回はライブレストランと言うか、ステージと客席とちょっとしたテーブルのある場所だった。そして奥にも何かあるらしく人の動きがあった。
多香子は好奇心で一杯になると、キョロキョロしだした。人通りのないところに行くと晴久が話しだした。
「今日は絶対に離れないでくれ。人身売買組織にまわされるぞ」
流石に冗談だと思った多香子は、おかしそうに笑った。しかし晴久は、逆に表情を固くした。
「今日のに連れてくるべきか迷ったけど、来るべきじゃなかったかな」
「どういう事」
「あの奥では秘密のことが繰り広げられてる。パートナーの交換だ」
「つまりは。そういうこと」
「これは、君の想像通りとしておこうか。あのカーテンの奥ではそういう事がOKということになる。連れて行かれないようにするんだな」
そう言って、わらった晴久と対象的に多香子は顔がひきつってしまっていた。
「可愛いな。多香子は。すぐ表情に出る」
いつの間にか多香子の後ろに回っていて、抱きしめていた。その手を多香子が撫でると、首筋にキスをしてきて、合わせから手を入れていた。
「和装の女はおしとやかと言うけど、君からは濃厚な女の匂いしかしないな」
そのまま窓のカーテンの影に入って、多香子の口を吸った。息が続く限りお互いに吸い合うと、しばらく見つめ合った。
「まったく、あかねさんは気が利かない。もっと衿を抜いてもらうべきだった。手が入らなかったとは」
「それは、私が清楚な女性だと思ったからでは」
そんな多香子を見て、ふん、と鼻を鳴らすと不貞腐れていた。
「いや、僕が君に手を出しにくくするためだと思うね。その襟足に欲情しそうだから」
「もう一度キスして」
「そうだな、キスでも十分いける」
多香子の方から求めていった。お互いに貪った後、晴久は首筋を唇でなぞると胸元で強く吸った。思わず吐息を漏らすと、晴久が睨んだ。
「ごめんなさい」
一度抱きしめると、席につくのを促すように腰に手を回した。
「もうそろそろ始まるから、席につくか」
そうして、席につくと飲み物を注文した。酒の飲めない晴久は烏龍茶、多香子はノンアルコールのシードルを頼んだ。食べ物はクラブハウスサンドイッチとカツサンドにした。サラダも一緒に頼んだ。そして頼んだ物が置かれると、そこで代金を払った。
多香子が汚さないように、ハンカチを膝に乗せ、サンドイッチを慎重に食べ始めると、晴久も食べだした。
「確かに、しっかり食べておいてくれよ」
「えっ。思ったより美味しいね、これ」
「それは良かった」
そう言って、晴久は笑って、切なげにその横顔を見つめていた。
その頃にはステージは暗くなり、女が一人座っていた。
すると男が出てきて、赤い縄を全身に這わせ始めた。表情のなかった女の目が光りだして、情念のようなものを感じさせていた。亀甲模様の赤い縄が女の肌に食い込むと、その胸の膨らみがはっきりするようになった。もう感じているようだった。女がせつなそうな、官能の渦に巻き込まれているような表情で、両手をくくられて柱に吊るされると、縛っていた男は鞭を持った男と交代していた。
前にあった時に言った「悪い多香子の尻に鞭を打って欲しい」といったことを思い出して、隣の晴久の顔をまじまじと見つめていた。
その視線に気がついているはずなのに、晴久は多香子の方を見なかった。かわりに左手を探ってきて、当たると優しく撫でだした。
会場は女の肌を打つムチの音と、悲鳴混じりの声だけが響いていた。白い肌が鞭を受け、徐々に色づいてきた。
「多香子、鞭の種類と打ち方で、痛さも変わるし、跡もつかないようにすることができる。よく見ておくんだな」
何処か意味深な声で、どうされたいか考えておけと言われているようだった。すると、多香子にはあの女と自分が入れ替わってしまったように感じた。悲鳴が痛みになって伝わるようになってきた。
多香子は撫でていた晴久の手を握ると、指の爪のあたりを押し始めた。痛みで、声が出そうになったのか、多香子にやめるように言ってきた。
「ドクター、お疲れのようですね。マッサージが必要なようですからこのあたりも押しましょう」
冷静な声でささやくと、晴久は睨みつけていた。
何も言われなかったので続けていたが、一方であまりの痛さに、晴久は声を出しそうになっていた。それは晴久を急がせるきっかけになっていた。
「多香子、帰るぞ」
その声の突然さにびっくりしたので、まだ、ショーの途中ではとか、ごめんなさいと謝ったりしたが、聞き入れず立ち上がっていた。多香子もついていくしかなく、その後を追った。多香子が追いついて乗るのを確認して、動かしていた。
「怒らせてしまったのなら謝ります」
流石に殊勝な態度で多香子は言った。
これから起きることに、どうなってもいいと心を決めていた。
「着いた。降りてくれ」
晴久は家のドアを開けると多香子に入るように促し、前を歩いていった。
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