【恋愛小説】私のために綴る物語(16)
第四章 うたかたの京都(2)
多香子は食欲を見て、何が楽しいのかと思った。この男は何を望もうとしているのだろうか。
そんなことよりも、お腹が空いたのだからと、一口サイズに切られたサンドイッチを頬張った。肉汁たっぷりで、ソースも甘くなく美味しかった。
「よかったら、ポテトチップスをつまんでください」
多香子は恥じらいを含むかの言い方をしてみた。
「なかなかの食べっぷりですね。それならアフターゲームショーも十分いける」
そんな多香子を男は満足げに見ていた。すこしその言い方にイラッとしていた。
「アフターゲームショーって」
「亀岡に行かれたのでしょう」
男は東京クラブのマスコットを見ていた。このたぬきのマスコットを知っているのは、東京の人だと思っていいのだろうか。
「あっなんか明るくなってきましたよ。始まったようですね」
男はにこやかだった。そして、ある意味当然の疑問を口にしていた。
「ここまで来たのに、お城の近くにいかなくてよかったのですか」
「多分出遅れるというのと、近くで見る必要もないかもと思ったんです。こういうところで、チラチラと見るのもわるくないですね」
遠くを見ているようで、実のところ夜景に、それ程興味を持っているわけではないのかと、その男は気がついていた。
かなりの勢いでパクついて、みるみるうちに平らげていた。
手を拭いてから、お店の人を呼んで、追加で気になっていたカクテルを頼んだ。
「あの、すいません「うたかたの宇治」というこれをお願いします」
「それならば、私はこれのお替りを」
「随分とイケる口なようですね」
「お酒は好きな方です。ここに来たのも日本酒ベースのカクテルがいただきたかったからですし」
そう話しているときに、男は多香子の左手を取ってきた。多香子は少し驚いていたが、なされるままにしていた。
「あのぉ、なんてお呼びすればいいですか。私は「あおい」って呼んでください」
『あおい』はサッカーの掲示板に書き込んでいる時のハンドルだった。そう思った所で、史之を思い出していた。今、そんなことに気を取られている場合ではないと、振り払っていた。
「それは、ネット上のネームみたいなものですか。それならば「きよはる」とでも」
「きよはるさんのもネットのですか」
「いえ、俳号みたいなものですね」
一層『きよはる』と名乗った男は、にこやかに笑いかけてきた。
店の人が、頼んでいたお酒を置いていった。多香子が手に取ると、きよはるも手にとって乾杯をした。その頃には外も平穏を取り戻していたようだった。
「終わったようですね」
「そうですね。この角度からだとこんなものなのでしょうね」
一息ついで、多香子は続けて言った。
「あの、その手を離していただけませんか」
「お嫌でしたか。それならもっと早く」
「いえ、そうではないのですが」
多香子は口ごもってしまっていた。
「もしかして、感じていた?」
目を丸くして、多香子は『きよはる』の顔を見ることしか、できなかった。
「それはいい。本当のアフターゲームショーは私の部屋でしませんか」
「きよはるさんのお部屋には他にも人がいて、私は手籠にされるのですね」
「そんな小説みたいなこと。実際にやったら普通に犯罪ですよ」
「そうですよね。合意なき性交。強姦、準強姦、強制わいせつ、京都には迷惑条例もあるんでしたっけ。でも、金と権力があれば」
「私は無理矢理はしませんよ」
多分、自分の本当にしたいことを合意無しですれば、犯罪になりかねないな。きよはるはそう思うと、にこやかにしていることも、仮面を被っているような気がしてきていた。
「でも、枕をともにしてみたいということですよね。お酒の影響下の酩酊状態は」
「酔っているんですか」
「いえ。これぐらいでは大丈夫です」
「だったら、簡単なことですね」
そう言うと握っていた手を離して、多香子の顔を挟んでいた。そのまま唇を合わせると一旦離しまたキスをしてきた。今度は舌を伸ばしてきた。
多香子は受け入れて絡めていた。離れるとき、思わず声が漏れてしまった。
「それは同意ということで良いですね」
周りをキョロキョロと見ていた多香子だった。そう言ってきよはるの顔が近づくと、多香子は手で制していたが、その手を押しのけて言った。
「誰かに見られているとでも。誰も気にしてなんかいないですよ」
その言葉に、迎えるという感じで、きよはるの唇を待った。お互いに貪ることで、これは大人としてこの後のことを受け入れると表明したのだ。
スパークリングタイプの日本酒をベースに抹茶リキュールと何かのジュースを使ったこのカクテルは、思ったよりも甘くなくて美味しかった。
多香子はそれはある意味、悪魔の美酒かと思った。
しかしそれを飲み干すと、きよはるも水割りのウィスキーを飲み終えていた。
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