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【恋愛小説】私のために綴る物語(15)

第四章 うたかたの京都(1)

「間もなく京都です。お降りの方はお支度をお願いします」

 車内放送に少し慌てて、降りる準備をした。多香子は一人だった。目的は亀岡での京都クラブ対東京SCのサッカー観戦だが、心の奥深くにもう一つの目的を隠していた。

 この日宿泊するホテルは、二条城近くのこじんまりとした、どちらかというと高級なホテルだった。予算内に収まる格安プランのある、このホテルにしたのだった。サッカーよりも、このホテルでの夜が一番の楽しみだった。

 亀岡から戻ると、急いでシャワーを浴びて、少し頑張って大人っぽくしようとするために買ったワンピースを着た。メイクも少し夜用に濃い目にして、足元も頑張ってヒールは低いがパンプスにしていた。

 一応姿見でチェックして、気合を入れて、最上階のバーラウンジに行った。

 これからなら、二条城のプロジェクション・マッピングに間に合う。
 バーは結構空いていて、窓際の席が空いていた。しかしどう見ても二人用の席では行きにくく、カウンターに座った。カウンターの方が少し高くなっていて、夜景を見るには十分だった。

 お腹も空いていたので、フードメニューに目を通して、食べごたえあるものとビフカツサンドに目がいった。これに合わせるお酒はと考えると、カクテルはお替りにするかと、値段を見てため息をついていた。
 日本酒をベースにしたカクテルを後回しにして、ハイボールとビフカツサンドを頼んだ。
 ハイボールはすぐに出てきて、一口飲んだ。ほっとため息を付いた頃、入ってきた男が周りを見渡していた。そして多香子の隣の一席空けて座った。
気になってちらりと見ると、ナチュラルに整えられた髪、強気そうで、理知的な顔、どちらかというと冷たい雰囲気がしていた。そしてどこかのブランドの、仕立ての良いスーツを着こなすのは、只者ではない様子だった。

 多香子は勇気を出して話しかけた。

「お一人ですか。私一人旅で楽しみたいことがあってここに来たんです」
 多香子は殊勝に軽くだがきちんと頭を下げていた。
「楽しみたいこと?」
 男の表情が意外だというような表情になった。
「これから二条城のプロジェクション・マッピングがあるんです。ここからなら眺められそうと聞いたので」
「マスター、ここから二条城見られるの」
「はい、一応は」

 そう言ってその男は部屋を見渡すと、空いている窓際の席に気がついたようだった。

「だったら、あそこに座りませんか。マスター良いですね。あぁそうだ、ウィスキーの水割りを一つ。ダブルで」
「承りました。どうぞ、お飲み物だけお持ちいただいて。お食事はそちらにお持ちいたします」

 そう段取りをつけられると、男の言うまま窓際の席に座ることになった。
「なれてらっしゃるんですね。ここの席気になっていたのですが、一人では座りづらくて」

 先に座っていた男は、多香子を上から下まで眺めていた。これには多香子は少しイラッとしていた。座るとその男の顔をじっと見ていた。

「夜景を見に来たんじゃないんですか、私の顔など面白くないでしょう」
 あまりにもじっと見られることに、男の方は不満を言っていた。
 多香子は笑って見せて、頭に浮かんだことを言ってみた。
「よくあるんですか、こういう事。場慣れしていない女を助けて」
「ベッドに誘うのかって」
「やっぱり、そうなんですね。弱みにつけ込んで、秘密のグループに入れて、弄ばれたり、生贄にされたり、晒し者に」
「面白いこと言う人だ。でも、期待していたのではないですか」
「そんな事ないです。高級ホテルのバーなら、一人でも安心して飲めると、思ってきただけですから」
「でも、官能小説を読んでいる。さっきのは団鬼六から始まるよくあるシチュエーション、ですよ」
 多香子はドキッとして、男の顔を見つめてしまった。史之よりも大人で、史之よりも精悍でかっこいいと思った。この男となら‥‥
「SMは好きではないです。それがわかるあなたはSMがお好きなんですか」
「これ以上はここでは」

 そう言ってその男は笑っていた。すると男の頼んだ酒と一緒にビフカツサンドがテーブルに置かれた。

「これが夕食なんです。用事があって食べそこねていたので、ここで食べようと思って」
「どうぞ、私はあなたの食べっぷりをつまみに飲みますから」

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