【恋愛小説】私のために綴る物語(31)
第五章 一期一会と二律背反(11)
「もし朝起きられなかったら、あの男と会うことなく、自分だけのものにできる時間が増えるんだな。ここで寝ている君が悪いんだ」
晴久はそうつぶやくと多香子の尻を叩いた。
「痛い、何を」
眠りを妨げられ、多香子から不満がこぼれた。
「誰が寝ていいと言った。僕はまだ満足できていないんだがな」
また尻を叩いた。手だとすぐに赤くなる、鞭ならうまく使えばあとが残らない。次はこの白い尻に鞭を当てて見たいと思った。次があればだが。
「膝を立てて、尻を突き出すんだ。腕はそのまま枕を抱きしめていろ。これも付けさせてもらおうか」
顔を持ち上げ唇を合わせると、多香子の口の中を貪った。拒否はされていないことだけでも確認すると、口に手拭いを噛ませていた。
自身もゴムを着けると、また尻を叩いた。多香子の堪えている声を聞くと、足を開かせ、胸を撫で回し始めた。
すぐに快楽の虜になり始めて、体を震わせている様子に、茂みに手を触れると一気に挿入をした。腰を手で抑えてゆっくり前後に動かし、だんだんと力を入れ、体の中をかき混ぜるように動くと、多香子は子猫のような声を上げ始めていた。
乳房の張りが目に見えて来ると、動きを止めて、胸の頂点のつぼみを弄んでいた。背中を舐めたり、口で吸うことをも止めなかった。刺激を受けるたびに身体は弾け、枕をきつく抱き、声は啼声に変わっていった。
後は自分の熱が放出されれば、この女との夜も終わる。朝が来れば自由にしなくてはならないという思いと、自分の女だと爪痕を残したい思いがぶつかって、多香子の中で動き始めると破裂していった。果てた後、つながったまま抱き上げて、後ろ向きに膝の上に座らせると、口にはめた手拭いを取った。
「ご主人さま、悪い多香子のお尻に鞭を下さりませ」
晴久の耳元で囁かれた。言葉の主の多香子の顔を振り向かせると、ぎょっとした顔を見せた晴久に、笑いかけた。
「言ってみただけ。だいたい悪い子だと思っていないし。それよりも、私にちゃんと言って」
膨れてみせた多香子に愛おしさが溢れ出していた。晴久は何も言わずに、きつく抱きしめていた。ちゃんと言ってとは、期待してもいいということか。
「苦しいんだけど。それに眠い。言ってくれないなら、このまま寝るから。抱きしめていてね」
晴久は身体をずらし、ヘッドボードまでたどり着くと、よりかかりやすくするために背中に枕を当てた。手をのばすと毛布にあたったので、引き寄せて体にかけた。
裸のまま抱きしめて寝られそうだった。これならばこのお姫様も、満足してくれると思うと、襲ってくる眠気には立ち向かえなかった。起きたら言おう、そう思っていた。
外さないようにしていた、腕時計の振動で目が覚めると、多香子はゆっくり、こっそり、晴久の腕の中から抜け出ていた。
シャワーを浴び、湯に浸かり、夜の爪痕を擦り落とすように全身を洗った。姿見の前に立ち、痕跡のないことを確認していると声がした。
「痕の残ることはしていないはずだ」
振り返ると、シャワールームに向かって、腹這いになって見ている晴久がいた。
「魔法の解けたシンデレラにお願いがあるんだ」
「僕が渡した下着を身に着けてくれ」
晴久は多香子に言っておきたかったことを言った。あの男に自分の存在を知らせてやる。
にらみながら多香子は言った。
「嫌だと言ったら」
「何もしない。ここで見ているだけだ。飼い主が出かけるのを、ふてくされて見ている、犬とでも思ってくれ」
たぶんこの下着を付ける意味を多香子はわかっている。だから一度嫌だと言った。晴久の目は多香子に釘付けになっていた。
晴久の目線の上に立ち、持ち帰るようにまとめていたデイバッグの中から、シルクの下着を取り出すと身につけていった。一緒に選んだシャツとボトムス、これも買ってもらった化粧品で整え、最後に口紅を付けた。
荷物を手にして「行ってきます」と声をかけた。
目を見て、微笑みかけると、犬になっていた晴久の唇を吸い、頬にも口づけた。晴久は多香子を貪っていた。多香子もお互いに、唾液が混ざるのを愉しむように、舌を絡め合っていた。
「僕はティッシュじゃないぞ」という声を背に受けて、多香子は後ろ向きに手を振って、部屋を後にした。
晴久は微笑んで見送っていた。