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膨らむ悪意より、死に対する感覚が鈍っていく様が怖かった…呉勝浩『爆弾』
ささいな事件でしょっぴかれた冴えない中年男。スズキタゴサクと名乗り、のらりくらりと自分語りをしていたところ、突然爆発予告をし始める…さて、この男は何者なのか。そして、翻弄される警察は正体不明の爆弾から首都を守れるのか。といったお話。
理解出来ない悪意が綴られていると、ミステリというよりホラーに近い読み方になるのだけれど、この本に出てくるスズキタゴサクは「どちらとして読むべきか」に悩むキャラクターでした。
何のために爆発の予知をするのかもわからないし、振り回される警察は羊たちの沈黙みたいになるのかどうかもわからない…
次の爆弾を推理する、より、人を理解しようとするためにページをめくっていった感じです。
そして最後の1文で、最大のもやもやを突きつけられ、飲まなきゃやってられない気分になったという作品です。
タゴサク、なんなんだよ君は。
最初のうちは被害者がケガなのか命を落としたのか、そこに関係者が一喜一憂していたのです。それが被害が拡大するにつれ、死者の人数を語るようになり、「これくらいで済んでよかった」という話になっていく。
読み終わってから一息おいた今振り返ってみると、物語の進行に伴って膨らんでいく悪意より、よほどその感覚の方が怖いです。
全般的に様々な社会問題を織り込んでいる小説ですが、人の死が数値や統計に変わっていく様にはウクライナ情勢の事を想わざるを得ませんでした。
さて、いま一番楽しみなのは直木賞の選評です。どう判断され、どう読まれるのか…