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今年のM-1を見る目を変えてしまうインパクト『笑い神』は12月必読の1冊

お笑いを目指して、売れずに燻る姿を描く青春小説なんてのはそこら中に転がっている。フィクションがつくりだす物語をやすやすと超えていくノンフィクションだった。青春ノンフィクション。出てくるのはいい歳のおっさんばかりなのだけど、青春には年齢なんて関係ないってことを思う。

M-1、それも休止前の初期のM-1で笑い飯や千鳥が、圧倒的でそしてどこか異質な存在感を放っていたのを憶えている。笑い飯の鳥人が…って言ったら「おとうちゃんひよこ買ってー」って返事が返ってくるくらい、誰の心にもトラウマに近い何かを残しているのだと思う。それがどんな情熱と苦悩から産み出された笑いだったのか、M-1とは漫才師にとってどんな存在だったのか、あの頃の裏側が克明に描かれていく。
ほんと絶対どこかおかしいし、無頼派過ぎるわ!

小説もノンフィクションも、本当に面白いものになると情景だけでなく他の感触、例えば音であったり、色であったり、匂いであったりを感じるようになる。この笑い神で強く感じたのは匂いだ。タバコの、それもずーっと溜まりに溜まったタバコの匂い、酒の匂いと二日酔いの人の集団がいた後のようなアルコールの匂い。
そんな事を感じながら読んでいたら、変ホ長調がTHE WとM-1の違いについてTHE Wは「楽屋がキレイでいい匂いがしますね」と言っていて、やっぱりなと思ったのだった。

この企画を考えて、そして大きなムーブメントに結びつけた島田紳助の話も面白かった。島田紳助が天才的なのは、アイデアに対してルールとレギュレーションを作るのが抜群だ、という話には深くうなずかされる。「本屋大賞」をやっている身としては「同じ同じ」と思うところ、参考になるところ、色々な気づきがあった。

「オモロイ」事に固執している彼らにとって、そのための苦悩の裏側を明かされるというのはどんな気持ちなんだろうかと思う。あの時の●●のネタね、という裏側はわかるし、その頃の芸人の人間関係も、そしてM-1に奔走するABCの人たちの姿もよくわかる。でもやっぱり笑い飯の本当の気持ちは見えてこないし、最近テレビに、しかも家族でノンビリ見る時間帯のテレビに引っ張りだこの千鳥が尖っていた時代からの変遷も霧の中にある。
だから、結局読み終わって、M-1の映像を漁ったり、他のインタビューを探したりということをすることになるんだろう。私もそうだし、この本を読み終わって絶賛している人がだいたい似たような事をやっているのも納得。
とにかく、今年の●冊に選ばれる強烈なノンフィクションであることは間違いない。

この本を読んだことで、今年のM-1を見る目は違ってしまうと思う。もしかしたら、いやあれは平成の事で、今は…という事なのかもしれないけど、それくらい、目の前にあったものの価値観をガラッと変えられたそんな作品だった。

余談

『嫌われた監督』の時も全く同じだったのだけど、あれ、週刊文春連載の時から楽しみにしてて、単行本待ち望んでた。という話を多く聞きました。これはまた週刊誌界隈の人に勇気を与える話ですよね。

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