イチと白鳩のエル


ここは緑豊かな自然の神と人が
共に暮らす平和の村


平和の村には幸せを映し出す鏡がありました
そこには、その村そのものが映し出されていて
いつも白鳩が優雅に空を舞っていました

それだけその村は平和で
豊かで幸せに満ちていたのです


村には自然の神と人が共に暮らすために
人が足を踏み入れては行けない場所や
採ってはならないものなど
幾つかの掟がありました

その神と人々の約束を見守る神の使いが
優雅に空を舞う白鳩のエルです


村の人々は自然の神と共に生き
村人全てが家族の様に
助け合いながら
想い想いにしたい事をして
豊かに楽しく暮らしていました

その豊かな平和の村に住む
セイのもとに1人の男の子が産まれました
名前はイチ

イチのお父さん、セイは村の長であり
自然の神の使い白鳩エルの世話役でした

エルを通し、人と自然の神が
仲良く暮らす重大な役割りを
与えられていたのです


そのためイチは産まれた時から
エルと共に暮らしていました

2人にとって互いの存在は
兄弟の様な、親友の様な
大切な存在で
遊ぶ時も寝る時も
2人はいつも一緒です


イチが野を駆けると
エルが空から追いかける

エルが木の実を啄んでいると
イチは木を登りエルのもとへ

川のせせらぎも
穴倉の探検も
花畑の花の香りも
こっそり味わう蜂蜜の甘さも…

共に味わい
共に感じ
共に遊びました

やがて月日は経ち…
イチは立派な青年になりました

イチが大人になっても
イチとエルはいつも一緒
共に支え合い暮らしています

そんな穏やかで平和なある日の事

森の奥の奥にある
人間が足を踏み入れてはいけない
と、言われている精霊の住む
美しいエメラルドの湖のある森に
人間が入ってしまいました

直ぐに出ていけば良かったものの
湖のあまりの美しさに
人間はもっともっと森の奥へと
足を踏み入れてしまったのです

そこには
見た事もない美しい花や
キラキラと虹色に輝く石
芳しい香りの果実が
そこかしこにありました


人間は村の掟を忘れ
欲望のままに
果実を貪り
花を摘み
石を拾い集めました


その事に気付いた神は怒り
人間に警告を出します

果実を貪る人間に
どこからとも無く
生温い風が吹き始めました


人間は一瞬食べるのを止めましたが
風が吹くのもお構いなしに
貪り続けます


風はどんどん強くなり
木の実は全て落ちてしまい
人間はやっと食べるのを諦めました


チッと舌打ちし
果実を食べるのを諦めた人間は
村に立ち寄る商人に売ろうと
今度は美しい石を集めます

欲に身を任せ謙虚さを忘れた人間は
神との掟など頭の片隅にもありませんでした

それを見た神は悲しみ
怒り狂いました


神が悲しむと嵐がおきます
神が怒ると山から熱い炎に包まれた石が
村を襲います

神の怒りは増し
大地は揺れ…ひび割れていきました

村の幸せの鏡は割れ
村人は、あちらこちらに逃げ惑います


村の長であるセイは危険な中
村人を安全な場所に避難させようと
働きました


エルもまた
セイと共に村人を安全な場所へ避難させ
神の元へと飛び
神の怒りを鎮めようと努力しました

けれど
神の怒りは鎮まりません


村には人が居なくなり
色褪せた大地と
割れた鏡の破片が
寂しげに落ちていました


村の長のセイは村に人が
残って居ないのを確認し
神との対話をエルに託し
村をあとにしました


村にはもう
動物も人も誰も居ません
残って居るのはエルだけ…


エルは荒れた大地で
傷付いた体と傷付いた羽を
休めていました


ガサガサ

誰も居ないはずの木の影から
何かが動く音がしました


エルはヨロヨロと
音のする方に近寄ります

すると
木の影から
イチが現れました


エルは驚き叫びました

『何をやってるんだ
こをなところで!!』

「お前なんか俺は知らない!!」
「何処かへ行ってしまえ!」

と、今までに聞いた事もない声で
エルは怒鳴りました


イチは怒り狂うエルの目を真っ直ぐに見つめ

「俺は産まれた時からエルとずっと一緒だったんだ…これからもエルといる」

「一緒にこの村を出よう!」

「お前の仕事、俺も手伝うから」

と言いました

エルの目からは涙が溢れます


イチはエルが分かってくれたと思い
エルに近寄りました


するとエルは今までに見せた事のない
怖い表情でイチを睨み
イチを攻撃してきました


驚いたイチは逃げ惑います

「エル…俺の事忘れてしまったの?」


イチは悲しげにエルを見ました
けれどエルの表情は変わりません

何度も攻撃しようとするエルから
イチは逃げ、茂みに隠れました


何故エルが変わってしまったのか…
イチには分かりませんでした

大好きであんなに仲の良かったエルは
もう目の前にはいません
けれどイチはどうしても信じられませんでした


イチは本当にエルが
変わってしまったのかを
確かめるためコッソリと
エルのあとをつけました


エルは平和な頃に住んでいた
イチの家に戻り
何かを羽で抱きしめる様にしながら
眠りにつきました

イチにはエルが
何を抱きしめたのか
直ぐに分かりました


それは以前イチがエルに
友情の証として贈った
冠だったからです


「エルは変わってなんかいない」

それを確信したイチは
エルの元にそっと近づき
声をかけました


「エル…」
「何があっても…俺は最期まで
 お前と一緒に居たい…」


その言葉を聴きエルは
大きなため息をついて顔をあげ

「私は神の使い…
 神の怒りを鎮め、あの平安な時を
 取り戻すため、まだやらなくては
 いけない事がある」

「やるべき事を終えた時
 お前の元へ行く、お前は先に行き
 共に暮らせる場を作っていてくれ
 頼んだぞ…」


と、温かな眼差しでイチを見ながら
優しい口調で言いました。


エルのその温かな眼差しをみたら
イチは何も言い返す事が出来ませんでした

「必ず……来てくれよ……」

そう言い返すのが精一杯

仕方なくイチは村を後にしました
エルが来てくれる事を信じて…

その後、
幾度かの大地の揺れと
噴火を繰り返し
村が姿形も見えなくなった頃

暗雲に覆われていた空から
少しの光が差し込みました

神の怒りが鎮まったのです


イチが移り住んだ村にも
平和の村に
許しの光が差し込んだと
風の頼りが届きました


イチは

「これでエルとまた一緒に暮らせる」

そう思い、ずっと
エルが来るのを待っていました
エルと決めたサインの口笛を吹きながら…


けれどいつまで経っても
エルが戻る事はありませんでした


何故ならエルは、イチを助けた後
ボロボロになりながらも
神の許しを得る為に
人間が持ち去ろうとした石を集め
神の元へと運んだのです
そして、最後の一個を神の元に返した時
エルの力は尽き、永遠の眠りについたからです


イチは待っても待っても来ないエルに
痺れを切らしエルを探しに行きました


幾日か歩き
以前の村だった所に辿り着くと
変わり果てた村の姿に
イチは驚き悲しみました

家も鏡も
エルと遊んだ花畑も穴倉も
木の実を採った木さえも
無くなっていたからです


イチはエルと一番遊んだ
せせらぎの川のほとりに
行ってみました

するとそこには
エルとイチの友情の証の冠と
エルが肌身離さず付けていた
神の使いの紋章のついたタペストリーが
隠す様に置いてありました


それを見つけたイチは
エルが永遠の眠りについた事を悟りました


イチが涙を一粒流し
その涙がタペストリーを濡らすと
タペストリーは少しだけひかり
その光がイチの胸に
サラサラと流れていきました


するとイチの悲しみで冷えた心が温かくなり 
エルとの幸せだった頃の映像が
流れる様に見えたのです

イチは暫くの間泣きました


心の目に映る
エルの元気な姿
一緒に遊んだ日々

生きる楽しみを…喜びを…
教えてくれたエルとの時間

荒れた大地でイチを守る為に
必死で怒ったエルの姿と
エルがイチに残した深い愛情


全てを心に刻んで
エルの残したタペストリーと冠を手に
イチはその場を後にしました


イチは家に戻りエルのタペストリーを
日の光の当たる窓際に吊るしました

タペストリーは時折七色の光を放ち
イチに光を当てました
それはまるでエルがイチの傍で
何かを語りかけている様でした

光の当たったイチの顔は
優しい眼差しでとても穏やかです

エルの姿はもうありません
けれどいつまでもイチの心には
エルが生きているのです


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