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ウチの母もしんどい
今回の日刊かきあつめのテーマは「癖」です。
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「実はコロナウィルスに罹っていたけど、もう治っている」
事後報告の形で実家の母にラインで伝えた。自宅療養期間も間もなく明けるため、何か送るという母の申し出を断ると
「はよいえ、あほ」
と叱られた。何か世話を焼きたかったのだろう。
(あーやっぱり言わなくてよかった)
我々は日帰りで十分行き来出来る距離に別々に住んでいるのだが、普段は没交渉である。
私のコロナウィルスの陽性が判明したのは奇しくもゴールデンウィーク真っ只中。すぐに報告していたら、母は居ても立っても居られず、仕事が休みの父に運転をさせ、レジャーがてら自宅療養中の私の見舞いに来ていただろう。こっちはしわしわの老夫婦の顔を見たところで元気なんて出ないし(ごめん)、むしろ重症化リスクのある高齢者にウィルスをうつしてしまっては大変と気が気でなかったに違いない。
東日本大地震の時だってそうだった。
震災時は、両親が上海駐在中だったため私が実家で1人罹災した。
ライフラインはなかなか復旧せず、しばらくは余震も続いた。
また福島原発が近く、多くの人が被曝を恐れて一時的に親戚や知り合いを頼って急いで西日本へ避難を始める事態。
そんな中…
母は、混乱の続く被災地に海越え山越え帰ってきたのだ。同じく放射能を恐れて我先にと自国へ帰る多くの中国人たちに逆行してガラガラの日本行きのフライトで。私(と家)が余程心配だったのだろう。
(お母さんですごいな。)
感心する一方でそれは時として重い。鬱陶しいし放っておいてほしいものだ。彼女の過干渉からいい加減逃れたい気もするし、もうここまでくると、本能に近い部分で我が子を守りたいスイッチが入ってしまうのかなとも感じる。となるともはや気の済むまでやってくれという気にさえなるのだが、いずれにせよ自分のその捨て身で衝動的な世話焼き癖が自己満足なことくらいは自覚してもらいたいものだ。
「とにかく一回帰ってきなさい」
と今度は突然の命令。
(そうやってぐいぐいくるから娘は返って引いちゃうのだよ)
そのラインにひとまず返事をするのはやめて慎重に距離感を出しながら、幼い頃よく母と手を繋いで出歩いたことを思い出していた。繋ぐというよりそれは半ばぎゅっと掴まれており、到底振り解けそうにないその力の強さにある種の諦めを覚えていた事も。
文:べみん
編集:アカヨシロウ
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