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ため息俳句番外#50  現の証拠

「現の証拠」とは、野草の名である。

 今年の夏、連日外出は控えてといわれていた、そのせいにするわけでは無いが、森林公園から足が遠のいた。昨日、秋風も感じ始めたと一月振りに出かけたのよいが、真夏日となった。

 その森林公園で、現の証拠ゲンノショウコはいつものところに咲いていた。
 昨年は、白い花で無くて、こちらにであったのだ。

 色は違うが、現の証拠である。

 さて、この「現の証拠」という奇妙な名であるが、それはこれが薬草であることに由来する。長くなるが、自分的には興味深いので引用する。

 ゲンノショウコは「フウロソウ科」の多年生草本で茎は地表を横にはって広がり、長さ30~60cm。根本の葉は長い葉柄があって大きく5裂し、茎上部の葉は3裂する。茎や葉に白い毛がある。7~10月に葉腋から花柄を伸ばし、花弁5枚の白色~淡紅紫色の花を咲かせる。この花の色が東日本では白色が多く、西日本では淡紅紫色が多いといわれている。ゲンノショウコは全草にタンニン、没食子酸、クエルセチン、コハク酸が含まれていて下痢、腹痛、整腸に効果があることが昔から知られている。

《貝原益軒が『大和本草(やまとほんそう)』(1708年)という本に「陰干しにし、粉末にし、湯にて服す、よく下痢を治す、赤痢に尤も可也。また、煎じても、或いは細末にして丸薬にしても皆効果がある」と記してある。また、小野蘭山は『本草網目啓蒙(ほんそうこうもくけいもう)』(1803年)で「根苗ともに粉末にして一味用いて痢疾を療するに効あり、故にゲンノショウコと言う」(薬草カラー図鑑、主婦の友社 1982年)より》 これを要約すると、ゲンノショウコの茎や葉を乾燥して煎じて服用、または粉末にして服用すると下痢が止まる、つまりその効果が“てきめん”に現れることから「現に証拠が現れる」ということから、ゲン(現)ノショウコ(証拠)と言われるようになったようである。

 昭和の中期頃までは、農村、山村、漁村などでは現代のように腹痛や下痢止めの薬品は簡単には手に入らなかった。富山の置き薬が(注2)唯一の薬品であった頃まではゲンノショウコは貴重な下痢止め、腹痛、整調薬であった。特に貝原益軒の「赤痢に尤も可也」とあるように赤痢の特効薬であった。その証拠にゲンノショウコの方言にセキリグサ、センニンタスケ、センブリなどがあることからもうなずけることである。

全国農村教育協会出版サイ・薬草豆知識より

 「赤痢に尤も可也」というのは、なかなかのものである。民間治療薬としてたいそう貴重なものであった。

武蔵丘陵森林公園(9/6)

 それは、小さく目立たず可憐な花を咲かせる。日本全域の道端や公園に自生しているというが、自分はこの森林公園で、教えられるまで知らなかった。

げんのしようこのおのれひそかな花と咲く 山頭火

 
 そうあるように、気を付けていないと見過ごしてしまうほどの素朴さである。
 先の解説でフウロソウ科であると、それは「風露草」と書く。その名からも、ゲンノショウコの花の風情を感じられる。

 いずれにしろ、この草がそうした薬効のあるものだという知識も記憶もない自分には、縁もゆかりもないものであった。しかし、ようやく「現の証拠」という花とその人とのかかわりの来歴を知ったというのは、老い先短い身であろうと忘れてはいけない意味あることだとおもう。 
 俳句にしろ短歌にしろ、日常の些事で心にとまったことを述べるとうことは、一面ではこういう記憶にとどめるべきことを、記録するという役割を担っているといえるだろう。そんなことを思った。

うちかがみげんのしようこの花を見る  虚子