あなたが感じさえすれば、愛はいつもそこにあるもの
父が定年後に働いていた、靱公園にある大阪科学技術館
よく野菜を持ってきてくれたり、お昼ご飯に誘ってくれた
その頃の私は、まだ父に心の中で反抗していた時代だから、父が育てて持ってきてくれた野菜を、反抗して食べていなくて、友達にあげたり、腐らせてしまったりしていたけど、
今思えば、父が倒れてからはもう食べることができない、父の愛情たっぷりの野菜
あの頃の私に伝えたい、父は愛情表現が苦手だけど、いつも私に寄り添おうとしてくれていたことを。愛がなかったのではなく、大人になっても私が受け取っていなかっただけだったと言うことを
靱公園を自転車で帰る途中、科学館の横を通るたびに思い出す
今日は、なんだかわからないけど、そんなことを思い出して涙が溢れそうになった
自分が欲しかった愛の表現とは違うと、愛ではないと感じてしまうこともあるかもしれないけど
いつも、そこに愛があったと言うこと
自分が感じて受け取りさえすれば、いつもそこに愛はあると言うことを
そんなことを思いながら科学館の横を通ると、今日はなんだか涙が溢れそうになった
愛はいつもそこにあるもの
自分が感じて受け取ろうとさえすれば
きっと、どこにでも愛は溢れている
父が脳幹梗塞で、突然左半身不随になって動けなくなった、2015年。姪っ子がじぃちゃんの様子がおかしいと気づいて病院に行って、先生の目の前で半身不随になったから、奇跡的に今生かされている命。
本人は、さっきまで動いていた自分の身体が突然動かなくなったこと、突然の入院や手術で病院のベッドから自分の力では起き上がれなくなったこと、いろんなことを受け入れられなくて、精神的にも病んで人を寄せ付けず、鬱ぎみになり。その後、2019年ガンが発覚して、いろんなことがあったけど
寝たきりだけど、美味しくご飯を食べて、笑って、体が辛いのか時々怒ったりしているけど、今生きてくれていることに感謝しかない
いろいろあっても、母と笑顔で過ごせている様子を、実家へ帰った時に見ると、なんだかほっこりする
母だから、父は今も笑って過ごせているんだろうなって思う
私が母の愛を受け取っていなかったことに気づいたのも、ずいぶん大人になってからだけど
このことは、またいつかここへ綴ろうと思う
自分のためだけではなく、そろそろ自分を生きよう
靱公園の緑の中を自転車で走っていたら、ふと降りてきた言葉
2024.08.09
iPhoneメモに綴っていた言葉