天使に会った
あれは天使だったのか…。
乗り遅れそうな微妙な時間、バス停へと小走りで向かった。
バス停に着くなり、ベンチに座っていた少女に話しかけた。
「180番のバス、行っちゃった?」
「ううん。大丈夫。まだ来てないの。いつもはね、彼女、この時間には来てるんだけど、今日は遅れてるみたい。」
なんだかとても嬉しそうに、少女は必要以上に丁寧に説明し、満面の笑顔を私に向けた。
ダウン症に特有の可愛い無邪気な笑顔だ。
程なくしてそのバスは来た。
「Good morning! How are you?」
ドアが開くなり元気な声が車内から飛び出した。
圧倒されるその笑顔。溢れるエナジー。
なんて素敵な女性。
誰もが一瞬にして好きになる、そんな魅力的な女性がドライバーだった。
少女がバスに乗り込み、私もその後に続く。
少女はドライバーの女性とちょっとした会話を交わし、運転席近くの席に着いた。
私は人がまばらな車内へと進み、中央付近のステップを上り後方の座席に着いた。
二人は時折何か言葉を交わしている。
エンジンの騒音ではっきりと聞こえないが、それはいつもの何気ない会話で、きっとそれが彼女たちの日課なのだろう。
数分後、次の停留所が近づくとドライバーが車内に響く大きな声を上げた。
「次はーー」
驚いたことにドライバーの女性は次のバス停のアナウンスを始めた。
通常オーストラリアのバスにはバス停のアナウンスがない。
各々が降りる場所をそれぞれに把握し、近付いたらStopボタンを押すというスタイルだが、初めて乗る者にはかなり難易度が高い。
ところがそのドライバーは停留所が近づくたびに、義務付けられているわけでもないのに車内の全員に聞こえるように丁寧に案内をしていた。
そして停留所を過ぎるとまた少女と親しそうに言葉を交わす。
そんな二人の様子を見て私はなんとも心地の良い雰囲気を感じていた。
そしてふと気付く。
「心が温かい…。」
そこには微塵の澱みもない、清々しい空気が流れていた。
そう感じていたのは私だけではなかった。
気づけば車内にいる全ての人達がなんとなく微笑んでいる。
幸せに満たされ、彼女たちが作る温かさに包み込まれていた。
まるでこの世界とは少し違う次元にいるかのように、車内が眩しいような明るい空間へと変わっていた。
It’s a magic…
いや、彼女達が私達に何かをしたわけではない。
ただ、二人の美しいエナジーが車内に満たされ、場の空気を輝かせていた。
彼女達にとって何ら特別ではない日常の朝の風景が、私達にとっては魔法。
きっと魔法とは、特別な事ではないのだと思う。
幸せも不幸も伝染する。
心が満たされた人には幸せの魔法。
心が病んでいる人には不幸の呪いをかける力がある。
彼女達の温かな真心は私や周囲の人の心に沁み渡り、その日を特別に心地良い一日に変えてしまった。
幸せになりたいのなら、誰かを幸せにしたいなら、今自分が満たされていればいい。
それだけのこと。
あれ以来、二度とあの二人に会うことはなかった。
時が経った今、あの二人は天使だったのか…そう思う自分がいる。
私に大切なことを伝えに現れた天使だったのに違いない。
当時の私は、私と、悲しくこの世を去ったあの人のために「いついかなる時も幸せ」でいることを決心し、「幸せ」を模索していた。
そんな私に「幸せ」とは何かを伝えるために天から遣わされたのだろう。
きっと天使はいたるところにいる。
様々な人の姿を借りて、今私たちが必要とすることを伝えるためにひょっこり現れ、ちょっとした魔法をかけ、そして去っていく。
求めれば、いつも答えはどこかからやってくる。
それを受け取る心の準備ができた時、天使はひょっこり現れる。
そして時には私達は天使にこの姿を貸すこともできるのだろう。
その準備ができていれば、私達も誰かにとっての天使になれるはず。
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