電子書籍アプリと著作権及び所有権の問題(概観)
1.電子書籍市場の現在
近年、電子書籍アプリの利用者数は急激に増え、それに伴い市場規模も急速に拡大している。公益社団法人全国出版協会・出版科学研究所の統計によると、紙の本の市場が1996年を境に減少に転じ、当時に2兆6000億円を超える規模だったが2020年には1兆2千億円余り(推定)と半減している。そんな中で、電子書籍の市場は2014年に1000億円を突破し、2020年には3900億円を超える(推定)といった急激な伸びを見せ、書籍市場全体の規模は2015年からほぼ横ばいであるなど、紙の市場の縮小幅を電子の市場が補完している状態となる。2020年はコロナ禍におけるいわゆる「巣ごもり需要」が現れ、外に出かけないでも時間を潰せる電子書籍の購入が伸びたとも言われている。
そうした電子書籍市場の売り上げの9割近くを占めるのが電子コミックである。実は、コミック市場は紙のコミックの市場は縮小傾向が続いている一方で、電子コミックの市場の規模は紙の市場の縮小幅を超える伸びを見せ、2019年には紙の市場を上回るだけでなく、2020年には、同社が統計を初めた1978年以降、コミック市場の最盛期と言われた1995年の5864億円を上回る6126億円(推定)に成長し、特にコミック業界において電子市場は既に最重要の市場となっているのは間違いない。
2.電子書籍と著作権
そんな電子書籍については常に色んな制約が飛び交う。紙と比較したときの電子書籍のメリットは、持ち運びが簡単でいつでも見られる、積んでも実体を伴わないので物理空間を圧迫しないといって点に求められる一方で、特に作り手・売り手の側からすると著作権の問題を意識しなくてはならない。多くの人にとってはまだ記憶に新しい「漫画村」といったような、漫画の違法アップロード(海賊版)問題である。漫画に限らず、全ての書籍、引いては他の著作物も含めて、権利者に無断でインターネット上にアップロードされ、本来の権利者が損害を被るという事態は、少なくともインターネットが世間一般に利用されるようになった時代からは存在していた。しかし今になってこれほど問題になっている理由は、スマホの普及とスマホやタブレット等の携帯型端末で利用できる電子書籍や電子コミックのアプリ・サービスの利用率増加により、違法アップロードをしようとするものにとって違法アップロードが非常に行いやすくなったからである。ほとんどのスマホにはスクリーンショット機能がついていて、現在の画面に表示されている画像を簡単なボタン操作のみでキャプチャできる。そうして取得したキャプチャ画像を、あるいはSNS等に、あるいは違法アップロードサイトに掲載することが今や誰でもできる。1秒でスクショ、1秒でアップロードとまで言えるほど、手軽ですぐにできてしまう。
こうして違法にアップロードされた漫画のコマやページをまとめて掲載し、読者がそのサイトを訪れれば作品が丸ごと読めてしまうようなサービスを展開したのが「漫画村」である。その広がりは相当なもので、実際に学生時代に友人が何食わぬ顔で「漫画村」を利用していることを公言していた。(話を聞いていた他の友人達も若干引いていたような顔をしていた。)
こうした違法アップロード問題への対策として、令和2年の著作権法改正がなされた。他人の著作物をインターネット上にアップロードする(公衆送信をする)ことは、その時点では既に違法な行為ではあったが、この改正では、違法アップロードされた著作物を、違法と知りながらダウンロードしたり、あるいは違法アップロードへ誘導するリンクを送ったりする行為も処罰対象となった(以降、これらまとめて「違法アップロード問題」とする)。この際に課題となったのが、SNSを始めとするインターネット上にコンテンツが溢れる現代において、一般人があるコンテンツが著作権を侵害しているかどうか識別するのが難しかったり、漫画の表紙であったり1コマだけであったりと、既に広く行われている行為を新しく取り締まることが可能なのかといった点である。
改正検討の段階では、「違法なダウンロード」の対象となる行為にスクリーンショットも含まれていた(法律上は、ダウンロードもスクリーンショットも著作物に対しての複製と解釈されるので違いが出せない(※1))など、現状のインターネットを利用した日常生活に少なからず影響が及ぶことが容易に想像されるような内容であった。結局、成立した改正著作権法では、ダウンロードにせよスクリーンショットにせよ、対象になった著作物が違法にアップロードされたものと知ってしたときにのみ違法の認定を受けるといった、穏やかながら取り締まるべきところをピンポイントに捉えた改正となった。(※2)
特定の業界に関する取り締まりというのは常に複数の利害関係者間のせめぎあいであり、違法アップロード問題も例に漏れず、当初の改正案では、前述の通りただのスクリーンショットでも違法になる可能性があった上に、漫画1コマも著作物であるには変わりないのだからと取りこぼさず取り締まりの対象になっていた。それに対し、一般のインターネットユーザーなどはスクリーンショット程度で処罰されたり、既に特定のコマだけがネット上に広く流通してたりするなどで、規制されたら関連する文化等がまるごと消滅し、今後の活動が委縮するなどと反発を生んでいた。(※3)
※1 ダウンロードは、既にファイルに複製された著作物のファイルを、コピーして複製する。スクリーンショットは、画面上に表示されている著作物と同じ画像のファイルを新たに作成して著作物を複製する。
※2 令和2年改正著作権法については、「令和2年通常国会 著作権法改正について」―文化庁。特に、「著作権法およびプログラムの著作物にかかる登録の特例に係る法律の一部を改正する法律(説明資料)」および「侵害コンテンツのダウンロード違法化に関するQ&A(基本的な考え方)【改正法成立後版】」参照。
※3 日本漫画家協会、「ダウンロード違法化」見直し求める声明発表 「丁寧で十分な審議を要望する」―IT media NEWS 2021年11月3日閲覧
3.電子書籍アプリのスクリーンショット禁止
こうして、法律上は通常の利用では著作権侵害の追及を受けることはほとんどないように問題点を克服することができた。この著作権法の改正案は2018年末から本格的な検討が始まり、2019年初めには最初の改正案が公表された。改正案公表後すぐに前述のような批判が噴出したが、電子書籍アプリの中には、この出来事以前から、そして以後にもスクリーンショットをアプリ内で禁止するものがある。
とはいえ、利用規約上そうした文言を設けることはアプリを悪用されないために必要であることは理解できるし、受け入れることも可能である(受け入れられないならばアプリを利用しなくていいというのが現代の論理である)が、懸念すべきなのは、アプリ内でスクリーンショットの機能そのものを使用できない仕様にしていることと、そういった仕様を採用するアプリが多くなってきていることである。法律上は、公式のアプリであるという前提ならば、スマホ等の壁紙に設定する、お気に入りとして端末内に保存する、模写等の参考資料にするといった私的な利用のために、スクリーンショットにより画像化して保存することは問題ない行為である。それであるのにも関わらず、漫画を提供する側が結局スクリーンショットを禁止してしまったら、先の著作権法改正にかかる反発は無駄になってしまう。スクリーンショットを禁止するのが少数のアプリだけならば他のアプリ・サービスを利用するだけだが、株式会社インプレスの調査による電子書籍サービスのシェア上位10サービスのうち、少なくとも5つのサービスでスクリーンショットをできないか、警告文を表示する仕様になっている。今後もこの仕様を採用するサービスが増えれば、いつしか漫画のスクリーンショットがどのサービスでもできなくなってしまう。
漫画は、小説とは違い文字ではなく絵で表現しているが、秀逸な物語性には小説と同様の価値があると同時に、表現の手法としての絵に、コマの1つ1つに絵画的な価値がある。絵画は第一に鑑賞の対象であるために、絵画的価値のひとつはここにある。漫画で言えば、表紙や特定のページやコマなどの、絵画としての秀逸さ、表現の特異性などを鑑賞して、時には他者にオススメするなどをして価値を享受する。絵画的価値のもう一つは、鑑賞以外に絵の資料としての価値がある。模写したり、構図を真似したりと、長時間ひとつの絵とにらめっこして、絵の内容に直接関係しない部分から価値を抽出する。こういった価値の利用が、未来の漫画家を生み、漫画文化の発展につながる。
スクリーンショットは、こういった漫画の価値の援用を、手軽に行うための重要なツールである。ゆえに、スクリーンショットの禁止とは、この価値を間接的に大きく損なうものと言える。今後さらに拡大する電子コミック市場で、今よりもさらに電子上でしか読めない漫画が増えるだろう。そうしたときに、スクリーンショットが禁止されてる中で、漫画の価値を最大限に活かすことができるだろうか。一方で確かにスクリーンショットそのものを禁止することは、違法アップロード問題を一定程度解決する効果もあるだろうが、こういった価値を犠牲にしてお釣りが返ってくる手法だろうか。違法アップロード問題の解決には他にも周知の徹底、取り締まりの強化、その他方法はたくさんある。スクリーンショットの禁止は、これらに比べて解決に圧倒的に役立っているだろうか。これを考えれば、スクリーンショットの禁止が本当に効用をもたらすか疑問である。これを、絶対に業界全体でさせてはならない。
4.電子書籍と所有権
電子書籍における権利関係でもうひとつ問題があるのが、所有権の問題である。と言っても、正確には基本的に電子書籍サービスのユーザーには所有権が発生するようなものはおそらくない。ほぼ全ての電子書籍サービスの利用規約には、以下のような文言が必ずある。「ユーザーは、当サービスが提供するコンテンツについて、視聴・閲覧する権利を取得することができ、所有権や著作権等の視聴・閲覧以外にかかる権利を取得することはできません」というような内容だ。すなわち、サービスの利用者は書籍を閲覧する権利のみを取得できるため、退会やアカウント等の削除をしたり、サービスが終了したりするとそれまで無制限に読むことができていた書籍も利用することができない。これが紙の本との違いである。今のところ、小さいサービスは分からないが、大きい電子書籍サービスが終了したというニュースは聞かないのであまり問題にはなっていないが、いずれどこかのサービスが終了することはあるので、どうするか考えておかねばならない。
サービスが終了することになった場合に、サービス提供者側は、➀契約の文言通り全てを利用できなくして終了する、②購入していた書籍をファイルにして配布する、③サービスは終了してもサーバーだけ残置し、購入した書籍の閲覧はできるようにしておく、④他サービスと提携して書籍情報などを引き継ぐといった方法などが考えられる。いずれもまだ実例は見ていないが、どれをとっても問題点はある。➀の方法はもはや消費者から反発を食らい、消費者心理としては許されないとされるだろう。②の方法は、非サブスクリプションの音楽配信サービスの多くが採っているが、書籍は音楽に比べてファイルサイズが大きく、かつ情報量(著作物としての金銭的価値)が非常に高い。特に後者の点から、著作者は嫌う可能性が高い。などといった問題点がある。