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一文物語集 ポケットに入る宇宙の万華鏡 上 その5

本作は、手製本「ポケットに入る宇宙の万華鏡 中」でも読むことができます。

1

集中できないその作家は、散漫な頭にとんがり帽子をかぶり、その先の一点に集中していると、猛烈な思考が天井に黒い焦げ跡を作っている。

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2

彼は恋をして、その彼女のちょっと不思議なくしゃみの仕方に変焦がれる。


3

深海でやっと見つけた宝箱を開けると、何も入っておらず、ただ空気が上っていくだけだったが、それは人魚の吐いた空気で、それを吸うと海の中でも呼吸ができると言われいたので、酸素ボンベを外した。

一文物語挿絵_20180503


4

夜中に、森の中から聞こえてきた赤ちゃんの泣き声の方に歩いていくと、それは地面に空いた穴から聞こえ、翌朝見に行くとその穴はなく、また夜に泣き声がして、見に行くと穴のそばに見知らぬランプが置いてあり、辺りには誰もいない。

一文物語挿絵_20180504


5

遠く離れた彼女から遣わされて来た伝書鳩は、返り血を浴び、矢が刺さり、羽もすす焼け、目の中でプログラムコードが流れ、さらには古代文字が印刷された紙をくわえていて、鳩はどこを飛んで、彼女はどこで何をしているのかわからない。

一文物語挿絵_20180505


6

なくなく打ち上げた売れなかった花火を見た遠くの客が、もっと打ち上げてくれとお金を置いていき、それならどんなに遠くても見れる特大の花火を打ち上げたら次元が割れて、宇宙人が勘違いをして攻めて来た。


7

何度調整しても音が合わないピアノの一音が鳴り止んだ瞬間、またお前か、と調律師の怒声が上がり、部屋中を駆け回る音がしてきた。

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8

初めて泊まる原始的で未来志向の友人の浴室にはシャワーヘッドがなく、しばらく立っていると、ものすごい勢いで雲が湧いてくる。

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9

池の水を全部抜くことが流行っていると噂を聞きつけた宇宙人が、地球の水を全部抜いていった。

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10

読んでいる間は息ができず、水中でしか読むことができない本なので、短時間の読み覚えをし、気づいたら記憶力が上がっていた彼だったが、普段、本を読むときも息を止めてしまう。

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11

誰も住んでいない廃れてしまった丘上の町に続く階段を、頻繁に白い光が上っていくのを見るようになり、行ってみると、何もないはずのその町が、活気のあるゴーストタウン化していた。


12

着ていない服がたくさんしまわれたタンスが、みるみるとやせ細っていき、嫌なきしみ音の立つ引き出しを引くと、パンパンに肥えた服がバネのごとく飛び出て来た。

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13

独身の彼が飼っている太った仲の良い犬を見て、交際を申し入れた彼女のか細かった愛は、彼の愛で太っていく。

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14

うねうねと伸びるウォータースライダーを人が悲鳴をあげながら滑り降りるすぐ後を、長い何かが追っていて、滑り終えた人の髪が伸びていたらしく、そうなりたい人が長蛇の列を作っている。

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15

紙に組み込まれた電子回路によって、紙一枚であらゆることが表現できるようになったというのに、めくれるようにと本が作られている。

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工事の削岩機の音が聞こえてくるが、辺りに見当たらず、奥歯がガタガタと揺れ響く。

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彼女がラジオをチューニングしていると、電車の走る音が流れてきて、何語かわからないが、楽しげな声も聞こえ、きっと宇宙人が銀河鉄道の旅を楽しんでいるのだろうと、ベランダから夜空を見上げた。

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18

男向けの本と女向けの本をしばらく並べて置いておいたら、いつの間にかその間に子供向けの本が三冊も存在していた。

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19

急に降ってきた雨に彼は走っていると、呪、と書かれた傘が落ちていて、濡れてしまうのも困るので、その傘を差すと、屋根があるところに連れてって、と何かが重くのしかかってきて一歩も動けず、その場に捨てて走り去った。

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20

この数日、朝、森から可愛らしい鳥の鳴き声が聞こえてくるので、どんな姿をしているのか見に出かけてみると、森の中にはたくさんの死体が転がっていて、頭上からあの鳴き声が恐怖となって降りてきた。


21

一人で観覧車に乗った彼は、てっぺんに到達したその一瞬、いなくなった彼女に一番近づいたと思うと、あとを追おうかと考え、涙を落としながら、ゆっくり平地に戻っていく。

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22

野原に落ちていた万華鏡をのぞくと、幾千もの蝶が色形を変えて回っていて、目を外すと、辺り一面にその蝶たちが飛び交っていた。

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23

自分の未来をよくするためには良い過去が必要だと思っている彼女は、現在の素敵な部分だけを切り取り、名前をつけて保存し続けている。

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町中で、長く黒い線が落ちている先を見ると、真っ白に浮き立つ馬がいて、黄色い斑点がたくさん落ちた上に、ただ素直に首を伸ばした動物が立っているのを見た彼女は、本質で生きようと、ピアスなど身につけた着飾りを外し始めた。

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25

全く人が近づかないという常に雲で隠れた不思議な山を登ると、雲は線でつなぎとめられていて、そこの住人が、嵐のような日も多いが、水と電気も得られる、と言う。

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26

隣の銀河から、新しい星が引っ越してくるらしく、地球のすぐお隣の南側に。

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27

さばいてもさばいて渋滞ばかり続くので、頭にきてしまったのか、信号機から火が燃え上がっている。


28

太い木の道を進むと、何度も枝分かれして、隣の枝の葉が邪魔をし、その先は行き止まりだ、と蟻や鳥が声をかけてきて、わかっていてもひらけて見える空と大地の景色を見たく進んでしまい、そこを確かめてからまだ進んでいない枝道を探る。

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29

彷徨い続けた冷たい洞窟の奥のぽっかりとあいた大きな空間で、自分専用の心の杖を見つけた彼女は、それで行き先も決められ、自分を支えることもできるようになって、暖かい出口から出ることができた。

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30

誤まって落ちてきてしまった流れ星を見に行くと、抱え込んでいる願い事が見られないようにしているのかモザイクがかかっていて、それがなんなのか全くわからない。

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31

歩いていると、背後から追いかけてくる足音がしたので振り返ると、誰もいなかったが、今まで歩いてきた自分の足跡が、置いていかないで、と言っているかように追いかけてきていた。

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