抱擁グルメ〜デミカツ編〜
腹が減った。
しかし特に何か食べたいほど食に旺盛になっている訳でもない。パスタを茹でるほどのリソースもない。特に今は希死念慮もない。ただやる気がない。何もない。しかし漠然とした焦りのみだけがあった。
新しいことをしたいと思った。近所の個人経営の洋食店がパッと思い浮かんだ。行かねばならないと思った。
行った。
こじんまりした個人経営ならではの店内の暖かな雰囲気に圧倒される。圧倒されると言うよりかは、包みこまれると言った方が正しいか。私はテーブルの一角で安らかなものを得ていた。
お店ナンバーワンのメニュー「デミカツ」を頼んだ。気さくそうな、しかし詮索する雰囲気でもない、丁度いい接客が心地よい。
しばらくすると私の頼んだものであろうカツを揚げる音が奥の厨房から聞こえてきた。ジュワジュワという控えめな音が耳に擦れては消えていく。ホワイトノイズを彷彿させるようだ。
もちろん、飲食店だから当たり前なのだが、人が自分のために揚げ物を揚げてくれていることがふと嬉しくなる。あんな手間がかかって処理も大変なものを私のために。お代を払っているからといえばそれまでだが、それまでなのだが、無性に嬉しくなってしまう。ある種のヒーリングを受けている気分になる。
そして癒しが形を伴って私の元に到着した。早々に口に運ぶ。
優しく、しかししっかりと自己主張するデミグラスソースの味が柔らかなカツを引き立てている。顔が綻ぶ。ご飯が進む。私はこのしなやかなデミグラスソースのようになれたらいいと思う。
お漬物もいただく。こういう小さなひと皿がついているだけで救われた気持ちになる。漬物小皿で救われる人生、お手頃で気に入っている。
食べ終わり帰路に着く。なんだか嬉しさが体に充満して落ち着かないので適当にそこらをぶらついて放出する。用もないのにコンビニに入る。嬉しい。目に入るもの全てに祝福したくなる。
また食べに行きます。