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みなし労働時間制が認められた激レア事例ーMRと営業職の違いとはー【セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件・東京地裁令和4年3月30日判決・労経速2490号3頁】ー

労働基準法32条は労働者の健康確保の観点から1日8時間・週40時間労働の原則を定め、かつ、使用者に対して労働時間適正把握義務を課しています(労働安全衛生法66条の8の3及び同法施行規則52条の7の3参照)。

もっとも、例えば生命保険の外交員など、業職種によっては使用者側で労働者の行動を把握することが難しい場合もあります。

そういう場合、労働基準法38条の2は、労働時間の「みなし」のひとつとして「事業場外みなし労働時間制」を認めています。

そして、同条によれば、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。」とされています。

ここで、「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かは、対象となる労働者の労働の実態について「使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認めるに足りるか」という観点から判断されます。

もっとも、この基準により「労働時間を算定し難いとき」に該当する範囲は非常に狭いと理解されています。

過去の判例では、旅行バス添乗員に対する事業場外みなし労働時間制の適否が問題となった事例がありました(阪急トラベルサポート事件・最小2平成26年1月24日判決)。

しかし、同事件では、旅行日程のスケジュールが細かく定められていること、適時に添乗日報を提出する必要があること、携帯電話の電源を常につけておく必要があったことなどを理由に、使用者側で労働者の労働実態を把握することが可能であった判断されました。
その結果、同事件では事業場外みなし労働時間制の適用は否定されています。

下級審レベルでも、事業場外みなし労働時間制が争点となった事件はほとんど使用者側の主張が否定されています。

ところが、今般、珍しく同制度が有効であるとして残業代請求を棄却した裁判例が紹介されました。

今回はそのような事例としてセルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件(東京地裁令和4年3月30日判決・労経速2490号3頁)を取り上げます。

どんな事件だったか

この事件は、被告製薬会社のMR(医療情報担当者)として就労していた原告が、営業先への移動や訪問に多くの時間を割いていたとして、その分の残業代を請求した事案です。
これに対し、被告会社は原告に対しては労基法38条の2による事業場外みなし労働時間制が有効に適用されるので原告に対して支給すべき残業代はないなどと主張をしました。
裁判所は被告会社側の主張を認め、原告の請求を棄却しました。

本件の事実内容

裁判所が認定した事実の概略は以下のとおりです。

  • 平成29年7月26日、原告、被告会社と労働契約を締結

  • 平成29年9月1日から令和2年3月31日まで、原告、被告会社のMRとして就労開始

  • 被告会社の所定勤務時間は午前9時から午後6時(休憩は正午から午後1時)

  • ただし、被告会社の就業規則19条には事業場外みなし労働時間制の規定あり(内容は労基法38条の2と同旨)

  • 原告を含むMRは、自ら医療情報を提供する訪問先や訪問回数を決定。エリアマネージャーが、各MRに対して具体的な訪問先や、訪問日時、訪問時間等について指示することはなかった。

  • MRは、直行直帰が原則であった。そのため、基本的にはオフィスに出勤することもなかった。

  • 被告会社のMRは、月1回行われる売上げ達成状況の報告、MRによる活動状況の報告等がされる営業部の全体会議、半年に1回行われる全部門での全体会議等、特にMRに出席を求める会議がある場合にはオフィスで会議に出席することもあった。

  • 平成31年1月、被告会社では顧客管理システム「Salesforce」を導入。MRは訪問先の施設、施設側の担当者及び活動結果の情報を入力していた。

  • 平成30年12月より、被告会社、勤怠管理システム「IEYASU」を導入。同システムは、労働者がパソコンまたはスマートフォンでログインした後、「出勤」または「退勤」ボタンを押すことで出退勤時間が打刻されるシステム。また、利用許可がある場合にはGPS機能により打刻時点での位置を把握できるという仕組みであった

  • 内勤スタッフについては、同システムを利用して労働時間を管理。GPS機能については不正防止のためONの状態を指示

  • MRについては、残業が発生する場合にはエリアマネージャーに必要となる残業時間を明らかにした上で残業を申請させ、エリアマネージャーが残業の要否を判断するものとしていた。そして、エリアマネージャーは、残業の必要があると認めた場合には、MRに対し、訪問先等当日の業務に関して具体的な指示を行い、また、行った業務内容について具体的な報告をさせた上で、後日、勤務内容とMRがシステムに打刻した記録を対照した上で残業代を支払っていた

  • 令和2年3月31日、原告、被告会社を退職

裁判所の判断

裁判所は以下のとおり述べて事業場外みなし労働時間制の適用を認めました。

  • 労基法38条の2が事業場外みなし労働時間制の用件として定める「労働時間を算定し難い」とは、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときは、その方法、内容やその実施の態様、状況等を総合して、使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認めるに足りるかという観点から判断することが相当(前述阪急トラベルサポート事件最高裁判決参照)

  • 原告の基本的な勤務形態は、自宅から営業先に直行し、業務が終了したら自宅に直接帰宅するというもの

  • 原告の各日の具体的な訪問先や訪問のスケジュールは、基本的には原告自身が決定。上司であるエリアマネージャーが、それらの詳細について具体的に決定ないし指示することはなかった

  • 被告会社がMRに対して求める週報は、極めて簡易な内容であって、何時から何時までどのような業務を行っていたかといった業務スケジュールについて具体的に報告をさせるものではなかった

  • 被告会社が利用した「Salesforce」のシステムは、顧客管理のために利用されたもので、MRのスケジュールについて具体的に入力するものではなかった

  • 「IEYASU」のシステムから把握できるのは、出退勤の打刻時刻とその登録がされた際の位置情報のみで、具体的なスケジュールについて記録されるものではなかった

  • 以上の事情を総合すると、各日の具体的な訪問先や訪問のスケジュールは原告の裁量に委ねられており、上司が決定したり指示したりするものではない上、業務内容に関する事後報告も軽易なものであることから、労基法38条の2の「労働時間を算定し難い」の要件をみたす。

判決に対するコメント

裁判所が認めた事実関係の限度では、全く不当とまではいえない判決だと感じました。

ただ、同様の理由で事業場外みなし労働時間制が認められるケースはそれほど多くないように思われます。

今回の裁判所は、様々な事実を指摘して「労働時間を算定し難い」の要件を認めています。
そのうち、私が勝負を分けた点は、次の点にあると感じました。

  1. MRが直行直帰でオフィスにはほとんど出勤する必要がなかったこと

  2. 訪問先と日時はMRが自分で決めて上司のエリアマネージャーも具体的な指示は出していなかったこと

  3. 内勤スタッフについては「IEYASU」により労働時間を管理していたこと

  4. MRに対してはスケジュール記載もない簡単な週報の提出しか求めていなかったこと

  5. MRに残業が発生する場合には、別途業務内容を指示と結果報告をさせた上で、実際に把握された労働時間に基づき残業代を支払っていたこと

これらのうち、3、4、5の要素は、特に重要であったように思われます。

すなわち、1、2の要素だけであれば、「確かに仕事内容と時間はMR側で決められたけれども、「IEYASU」を使って行動を把握することはできたでしょう。業務の報告だって、求めようと思えばいつでもできたでしょう。
そうすると「労働時間を算定し難い」とは言えないでしょう」と主張することができそうです。

しかしながら、本件では4の要素により会社側が業務内容の報告すら求めていなかったことから、会社側は自社の方針としてMRに対して自由放任な働き方を認めていたということができます。

しかも、その自由放任主義は3と5の要素により、内勤スタッフ(一般職員)とは明確に区別される形で会社の「仕組み」として認められていたということができます。

そうすると、本事例に限っていえば、被告会社は、自社の利益を最大限に追求するためには、MRに限り、「できるだけ自由な働き方を認めて会社側からは口出しをしない」という方針が適切であるという考えのもと、実際にその前提で一般社員とは明確に異なる人事制度を仕組みとして成立させていたということがいえそうです。

逆に言うと、「どこの得意先に行ってどのような営業をしようが会社側は口出しをしない」という方針が「仕組み」として成立していなければ、事業場外みなし労働時間制が否定される可能性もあったというわけです。

そうすると、同制度の適用範囲が非常に狭いという一般的な理解に変更があったわけではないといえるでしょう。

最後に

以上、セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件を取り上げました。
繰り返しになりますが、本件はMRという職種の特殊性と、その特殊性を会社の人事制度として仕組み化していたことから事業場外みなし労働時間制が認められた事案です。

そのため、通常の営業職のように営業先とその結果をスケジュール方式で報告させる日報を採用していたり、会社側からいつでも電話で呼出しが可能な状態にしている場合にはやはり事業場外みなし労働時間制は認められないでしょう。

今回の事例は、確かに珍しい判断をした事例ではあります。
そうではありますが、労働者側としては、逆に「ここまでしなければみなし労働時間制は認められませんよ」という高いハードルを示した裁判例として有効に活用できそうです。

今日では電子ツールやクラウド型サービスの普及により、労働者がいつ、どのような活動をしていたかを簡単に把握できる時代です。
そのような時代において、敢えて事業場外みなし労働時間制を採用する理由はどこにあるのか。その理由を説得力のある形で裁判所に説明できるのか。

そういう点を改めて振り返ってみる良い機会となる裁判例だと感じました。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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