静かな海
ユキの母親は最期に海が見たいと願ったが、
その想いは叶わなかった。
今、ユキの目の前に真っ青な海が広がっている。
百合ヶ浜。
父親と飛行機を乗り継いで来た。
「覚えてるか?」父親が話しかける。
「あんまり」
「まだ小さかったからなあ」
二人は波打ち際を歩いている。
「母さんはこの海が一番好きだった」
父親はしみじみと海を見る。
「何、泣かないでよ」
「少しくらい、いいだろ。まだ一年も経ってないんだ」
「母さんが怒るよ、湿っぽいの嫌いだから」
「そうか、じゃあ我慢しよう」
また歩く。風が、ユキの記憶に触れる。
「歩いたね、ここ」
「思いだしたか?」
「三人で手を繋いでた。左手が父さんで、右手が……」
ユキは右手の方を見る。そこには海しかない。
静かに涙が落ちる。
「怒られるね」ユキは涙を拭う。
父親は首を横に振る。
「喜んでるさ」
ユキはもう我慢しない。
溢れた涙はこの海に流れればいい。
母の愛した、この海に。
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