知らないということを知る。奥山民枝展
2023年11月11日(土)~26日(日)に開催いたしました奥山民枝展について遅ればせながらお伝えしたいと思います。
本展はコロナで延期したこともあり、国内では実に4年ぶりの個展となりました。
奥山氏の代表的なモチーフである太陽、雲の他に、過去には多く描いていた花が登場しています。
奥山民枝氏の個展は、みぞえ画廊でも過去に数回開催させていただいており、太陽と雲の作家、というイメージをお持ちの方が多いかもしれません。しかし今回は、色とりどりの花が咲き乱れ、ピンク色の空に鉱物のようなものが浮かんでいます。
どこの風景なんだろう?
今回のギャラリートークでは、そんな素朴な疑問を奥山氏に投げかけるところからスタートしました。
実はずいぶん前にも、花をモチーフとした作品には度々取り組まれていました。しかし、今回の花の姿は、その時の作品とも違った様子です。それもそのはず、これらは、奥山氏が日ごろから思いを寄せる宇宙についての最新の文献からイメージを膨らませたものなのだとか。
自身を「科学オタク」と称する奥山民枝氏。
植物とは?水とは?太陽とは?宇宙とは?
際限なく広がる興味関心にしたがって、ミクロとマクロを自由に回遊し、想像の一端を絵画に広げて見せるまでの工程が伺えました。
最新の科学ニュースを常時チェックしている
奥山氏のもっぱらの関心は、日進月歩の科学のニュース。最新の望遠鏡では、今まで未知とされていた事柄が次々と明らかになってきており、地球と同じ条件を持つ惑星が見つかる可能性まで報じられているそうです。このニュースには、世界中の天文学者が興奮し、それは奥山氏にとっても同様でした。
「その惑星で地球と同じように植物が生えてて雲が湧いててってなってくると、一体どういう植物がそこには生えてるだろうって思うわけですよ。そうすると、もうそこで想像力の範囲なんですけど、どんどんイメージがこう膨らんできて。《 Pink sky 》の真ん中にあるのは、太陽ではなくて太陽と似たような恒星です。我々の今いる太陽系の外にある惑星のことを系外惑星っていうんですけど、系外惑星の上に立つとどんな風景が見えるんだろうって思って、こういう絵を描いたりしてます。」
不思議な花が咲き乱れる惑星?!
何十年ぶりかに奥山氏の作品に登場した花。これも最新の科学技術が明らかにした情報が着想のきっかけとなっています。
花についても、この2、3年のうちにいろんな報告がされています。中でも奥山氏の興味を引いたのは、「環境によって花が意志をもって自身の形を変える」というものでした。蜜を集める虫が花のそばにいるとき、花弁を大きく成長することが分かっています。花弁は微細な振動をキャッチする装置というわけです。花は、かのダーウィンも匙を投げたといわれるほど、その進化の過程が謎めいています。それは現在においても実に神秘的な存在です。例えば、砂漠地帯が一夜にして一面花畑になる伝説の現象「スーパーブルーム」があることをご存じでしょうか。それが起こる仕組みは、まだ十分に解明されていません。しかし、これらの神秘的な最新科学の情報は、奥山氏の豊かな想像力を刺激するに十分なもののようです。
科学が証明する、この世は不思議だという事実。
自然界に思いを馳せた時、自分はなんてちっぽけなのだろう!と想うことは誰しも経験するのではないでしょうか。
「世界の実相は人間の認識では追いつけない。そのことを知っていれば、小さなことにこだわったつまらない諍いがなくなるかも・・・なんて。」と奥山氏。海外のアートフェアで奥山氏の作品を紹介すると、「ピースフル!」と感想をいただくとも多く、そのスケールの大きさと神秘性が隔たりなく伝わっていることが伺えます。
さてギャラリートークの後半では、奥山氏がなぜそういった興味関心を持つに至ったのか?掘り下げていきました。
幼少期から青年期
「姉は昔から絵が上手くて、両親の美術教育の熱を一身に受けていましたから、姉の絵の具箱をちょっとでも触ろうものなら叱られるくらいのもので。でも絵はそんなに下手でなかったし数学が好きだったので、建築家になろうと思って。」
東京藝術大学の建築科を志すも、当時の風潮では女性は活躍できないと知り、デザイン科に入学し卒業後はスペインに留学。しかしその内容に満足できず、ヨーロッパを周遊し各地の美術館で作品を見て回り、その後はなんと遊学の旅を決行!丁度スペインを訪れていた弟さんと、ユーラシア大陸を6~7か月にわたって横断。
帰国後、独学で油彩を始め、初個展で完売するも・・・
帰国後は『油絵の描き方』という本を買い、独学で制作を開始。さらに初個展を開催。当時はまだバブル前で不景気と言われていたにも拘わらず、初個展は完売。それなら次々個展をやって本物の絵描きになったほうがいいと周囲からは勧められるも・・・
「もうそんなこと全然頭にないわけ。地球っていうのはどういう星なのか歩いて確かめたりとか、そういう興味がすごくて。」
個展の売り上げを全て持って、今度は南米へ一人旅へ出発!
その後も絵を描いて個展をして売れては旅行をして、という生活を続けていたのだそうです。
画集刊行をきっかけにスランプに
画集を刊行するにあたって、作品のポジフィルムを窓に並べて貼ってみたとき、自身の作品が説明的すぎると感じたそうです。
「ここの枝に鳥が止まってます。ここの花はこう伸びてます。みたいなことはしっかり描いてるけれど、生きてることの喜びとしての本当の実感は描いてないじゃないっていう。」
これをきっかけにスランプに陥った奥山氏は、画集刊行後も2~3年「悩み狂った」そうです。
神秘体験を経て「すべて良し」に
トークでは詳しく語られなかったスランプ脱却について、画集に詳しく書かれています。
奥山氏は悩みつくしたあげく、最終的にはあらゆる不安から想定される孤独な死を受け入れようと決意するまでに至ったそうです。その決意の直後、自宅の窓の外がキラキラと輝きはじめ、外にいる酔っ払いを見ても、室内の家具を見ても、世界の全てが輝いて見えるという現象を体験したのだそうです。
物は存在しているだけで美しい。この先、絵になってもならなくても「すべて良し」だから、好きにおやりなさいと自身に実感を持って言えるほどに、その体験はリアリティーを持っていました。そうして奥山氏は、新シリーズに臆することなく踏み出すことができました。
説明的な絵から、一切説明をしない絵に
説明を一切しない、かつ、自分の中の何か想いを画面に定着できるんじゃないか?じゃあどういう絵を描けばいいんだろう?悩み続けた末に思い浮かんだのは、一人旅で訪れたアフガニスタンの山の形でした。おわん型の綺麗な山の形を借りて、これまでとは全く違った作品を描きはじめます。画風の変化を受けて、それまでのコレクターが離れて行ってしまっても、気がふれたように山ばかり描いていたと言います。そしてついにそのシリーズで安井賞を受賞しました(「山夢」横浜美術館所蔵)。
https://inventory.yokohama.art.museum/5650
そうして山のシリーズを描き終えると、興味が空に移り、中でも親密な感情を抱いていた、太陽を次なるモチーフに定めました。
太陽と奥山民枝
奥山氏が南米のエクアドルを訪れた際、帰りのバスが無くなりジャングルを歩き続けていた時のこと。気温がどんどん冷えて凍えそうになった時に、大きな街道にたどり着きました。
「そこを触ったらこのアスファルトが昼間の熱ですごいあったかくて、もう疲れているし、眠いし、夜中ジャングルを迷ったみたいに歩いたから。そこで寝っ転がったらね、本当にこう大地が母親のように。アスファルトなんですよ。だけど、気分としては、大地に抱かれてあったかくて寝たっていうような記憶があって。その熱が太陽からのものなんていうね。それで、太陽と自分という関係をすごく親しく感じていて。」
以来、太陽を意識する時間は増え、東京に居ながらも観測できる最も身近な天体のダイナミックなドラマを見ることは、現在では奥山氏の生活の一部となっています。
尾道大学とエナと学生
作風を変えてからは、以前のコレクターは離れてしまいましたが、安井賞を受賞した作品をきっかけに尾道大学への招聘を受けました。大学へは、当時飼っていた愛犬エナを必ず連れて通っていました。老いていたエナは学生との交流からにわかに活気づいたそうです。そしてエナが亡くなってから激しく落ち込む奥山氏を元気づけたのはやはり教え子たちでした。身近な師の弱った姿は、反対に、教え子たちへの励ましになったのではと振り返る奥山氏。その時の教え子たちとは、現在でも連絡を取り合っています。
奥山氏が伝えたい、世界の真の姿。
「見てくださる方に世界の実相の感動が伝わるといいなという・・・野望ですよね。こんな下手な絵じゃ伝わんないか(笑)」とあっけらかんと言い放つ奥山氏。
知らないことがあると知っていること。それが何よりも大切という奥山氏の伝えたい世界は、未だに広がり続けているのかもしれません。
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