想像以上の反響があった。「じぶんごとプラネット」が公開するまでのお話(前編)
「じぶんごとプラネット」は、いくつかの質問に答えることで自身が日々の生活でどれだけの温室効果ガスを排出しているのか、二酸化炭素量として計算できるアプリです。
2年半ほど前にCode for Japanコミュニティに出会い、昨年からCode for Japanメンバーとして様々なプロジェクトに関わり始めました。「じぶんごとプラネット」は、Code for Japanと国立環境研究所で共同開発した気候変動対策アプリです。
2021年11月頃からプロジェクトが始まり、私はプロジェクト初期のアイディアフェーズから開発まで携わり、その中でも主にデザインを担当しました。デザイン…とはいえど、本当にいろんなことやったなと思います。
アプリが公開したのは2022年8月末。半年以上かけて開発を行なってきたプロジェクトをここで振り返ろうと思います。今回は類似サービスのリサーチ、要件定義の見直し、ターゲットユーザー、ユーザーフローの定義について、ちょっと長いですが話します。
プロジェクトのはじまり
私がプロジェクトに参加したとき、アプリでどんなことを実現したいかほぼ決まっていました。国立環境研究所が公開した「国内52都市における脱炭素型ライフスタイルの選択肢」の研究データを使って、ユーザーが質問に答えることで自身のカーボンフットプリントを知り、脱炭素アクションを知ることができるものをつくりたい。また、開発はオープンソースで進めたいという強い希望がありました。
この時はまだ日本語対応しているカーボンフットプリントのサービスやアプリは少なかったですが、まずは参考となる類似のサービスのリサーチから始めました。
1. 類似サービスのリサーチ
共有してもらった海外のサービスの他に、似たようなキーワードを使って類似サービスを探しました。それぞれのサービスの概要、機能などを書き出しサービスの特徴を比較します。
いくつかのサービスはWebアプリケーションでしたが、モバイルアプリが多い印象でした。ダウンロード数、機能、話題性の高いもの、今回のプロジェクトに1番近いもの基準に選び、実際に使ってみました。
海外のサービスを使ってみて印象的だったのは、カーボンオフセットを目的としたものが多かったことです。
カーボンオフセット(またはカーボンニュートラル)は、二酸化炭素などの温室効果ガスを減らすように努力した上で、それでも排出してしまう温室効果ガスの排出量を、他の場所での削減・吸収活動により埋め合わせようという考え方です。例えば、植樹や森林の育成など森づくりにより二酸化炭素の吸収を促したり、風力・水力・太陽光発電など再生可能エネルギーの利用などです。
複数の質問に答えて自身のカーボンフットプリント量を計算し、まずは自身の現状を知ります。そして、カーボンオフセット活動団体へ寄付をすることができたり、GPSを使用して公共交通機関などでの移動データ測定し、1日単位の詳細なカーボンフットプリント量を知ることができるアプリもありました。
2. ユーザーフローの検討
個人のカーボンフットプリント量を算出するための設問は、カテゴリーが4つに分かれていて、全部で約30問ほどあります。アプリの具体的な内容は決まっていたけれど、それをどういったユーザー体験に落とし込むのか。ここを定義するのに時間がかかりました。
今回の開発には、1つ大きな決まりごとがありました。それは、アカウント作成をしないことです。
どの類似サービスを見ても、アカウント作成はサービスを開始する最初のステップです。アカウント作成をしなくてもカーボンフットプリント量を算出することはできますが、その次のステップ、具体的な行動に移ることはできません。また、アカウントにデータが保存されるため、質問に答えて算出したカーボンフットプリント量などいつでも確認することができます。
ユーザーフローを検討し始めた当初は、簡易版と詳細版の2種類を用意しようと考えていました。簡易版では、約10問ほどの質問に答えることでカーボンフットプリントを算出します。質問数を最小限にしているため、あまり正確な数値を結果に出すことは難しいです。そこで、もっと正確な数値を知りたいユーザー向けに考えたものが詳細版でした。詳細版では4つのカテゴリーがあり、約30問の質問に答えます。
まず、上記のフローを書き起こしてみました。簡易質問に答えるとカーボンフットプリント量が算出されます。結果に合わせて脱炭素に向けた行動の一部が提案が表示されます。そして、項目ごとの正確な数値を調べてみるために、ユーザーを詳細版に誘導します。詳細版では、4つのカテゴリーから希望のカテゴリーを選び、そのカテゴリーの詳しい質問に答え、カテゴリーごとのカーボンフットプリント量を算出します。結果に合わせて複数の脱炭素アクションが削減効果の数値と一緒に表示されます。
ここで1番悩んだのは、簡易版から詳細版へどうユーザーを導くかでした。簡易版と詳細版では似た質問があったり、簡易版は最小限の質問に絞っているため、結果のあとに表示される脱炭素アクションにも限りがありました。最初の簡易版で8問に答えることは負担が少なく数分で終わるため、多くのユーザーが試しやすいだろうと思いましたが、次の詳細版では各カテゴリーごとに7問ほどあります。
ユーザーは「8問だけなら試しにやってみよう」と思い診断を始め、カーボンフットプリントの計算結果を簡単に得ることができます。次に、詳細版へ誘導されたとき「また質問に答えるの?」「今までの質問と詳細版は何が違うの?」「詳細な結果を得る目的は?」と疑問が湧くのではないかと思いました。
さまざまな診断サービスを調べる中で気づいたのは、10問前後で結果を得られるものが多いことです。自身の適性を知るのが目的のものに、mgramや16Personaritiesといった詳細な診断もあります。「診断」の魅力的なところは、少ない質問ですぐに結果が得られることです。この体験を今回のアプリに加えるにはどうしたらいいか考えました。
1. 自分の現状を知る(問題を知る)
2. 可能な脱炭素アクションを考える(解決方法を知る)
3. できそうなことから始める(試す)
この3つの体験を近づけたい。
これらを近づけることがユーザーのモチベーションや興味につながるのではないかと考え、ユーザーフローを再検討しました。
簡易版の質問を残しつつカーボンフットプリントの問題提起を合わせ、診断が始まる前の序章のようなオンボーディングの役割にしようと考えました。改善案をチームに提案し議論を重ね、最終的には簡易版を完全に無くし全体のフローを縮小する形になりました。
3. 要件定義を見直す
少しずつアプリの全体像が明確になり始めたところで、改めて要件定義、今回のアプリの目的を洗い出しました。
先ほども述べたように、このアプリにはアカウント作成機能はありません。ただし、そこを補う形でCookieを使用して履歴を残します。ブラウザのCookieが保管されている間は、診断結果の数値は履歴に残り途中再開が可能になります。
Pros
誰でも気軽にサービスを利用することができる
個人情報を共有しなくていい安心感
Cons
Cookieを削除したら履歴が消える
ブラウザー、デバイスが変わると履歴は見れない
パーソナライズが難しい(個人にあった行動の提案、データ保存など)
両方を考慮し出した案が「一度のアクセスで完結すること」です。
ユーザー体験を考える上で、ユーザーに行動の自由を持たせることは重要です。アプリ開発では、初期の設計段階で拡張性を考慮していないと後に継ぎ接ぎのような設計になることがあります。もっと自由にいろんな機能にアクセスできるはずなのに、なんだか遠回りをしているような体験をしたことはありませんか?ここは手動でデータを入力する必要はないはずなのに、なぜか違うページからコピーしてこないといけない。なぜかこのページでは他の機能へのアクセスができないなど、自分の行動を制限されているようなフローになっているものを見かけることがあると思います。このような限られたユーザーフローを避けるためにも、最初の設計がとても重要になります。
今回はユーザーフローを一直線で考えました。画面上にはメニューなど各機能やページに遷移するものは無く、ユーザーができることは質問の回答と次へ進むことだけです。全部のカテゴリーの質問に答えることをゴールとはせず、1カテゴリーごとにフローが完結するもの(質問に答えて結果を知り、脱炭素アクションを選ぶ)になっています。
このアプリの最大の目的は、まず、個人レベルでどれぐらいカーボンフットプリントを排出しているかを知ってもらうことです。メディアなどで環境問題と聞いても、自分から遠くにあるものと感じる人も多いと思います。地球温暖化は常に問題視され、サステイナビリティ、SDGsなどの言葉もよく耳にするようになりました。しかし今が良くない状況と知っていても、環境問題を身近に感じることは難しく、現状の生活を変えるような行動にうつすことは簡単ではないと思います。まずはユーザーが「現状を知る」ことを最優先とし、1人でも多くのユーザーにこのアプリに触れてもらうことを目標にフローを考えました。
4. ターゲットユーザーを具体的にする
次に「環境問題に興味のある人」というターゲットユーザーをもっと具体的なものにしたいと思いました。プロジェクトメンバーの中心はエンジニア、デザイナー、国立環境研究所の研究員だったので、ここに別の角度からの意見が必要でした。環境問題、カーボンフットプリントと聞いてどう感じるのか。今、私たちが取り組んでいるアプリにどのくらい興味があるか、カーボンフットプリント量を算出する質問は答えにくいものではないか。メンバー以外の意見を取り入れるために、Code for Japanが主催するイベント「ソーシャルハックデー」でワークショップを行いました。
ソーシャルハックデーは、様々な課題解決プロジェクトを持ち寄って仲間を集め、みんなで手を動かしてサービスを作り上げる1day ハッカソンです。じぶんごとプラネットの開発は、ソーシャルハックデーを中心に進め2022年8月の公開まで約10回開催しました。エンジニアだけで5人、ほかにデザイナーやアイデアづくりで参加した人なども含めると総勢20人近くが関わっています。
ワークショップの進め方
1. ペルソナを考える
エコバックを持っている、ゴミの分別をきちんとしている、賞味期限の早いものを買う、地産地消に取り組むなど少し環境を意識している人を想定してユーザー像を考えてもらいました。
2. そのユーザーがアプリを使った後、どう感じたか考える
カーボンフットプリント量を減らす必要があることは分かったけれど、実際に行動にうつすかは分からない。色々知ることができて為になったけど、その後どうしよう…。車を電気自動車に変えた方がいいのは分かるけど、実際には難しい。など、ここではネガティブな意見が多い印象でした。
3. どんな場面でアプリを体験しているのか考える
どうやってアプリを知ったのか、どこで使っているのか、その場面では1人なのか、もしくは誰かと一緒なのかなど、ペルソナに合わせた場面を想像しました。
4. そのユーザーにアプリを使った後、どう感じてほしいか考える
簡単そうなことから始めてみようという意見が多かったので、実際にアプリ内で提案しようと思っている脱炭素アクションの内容を紹介し、各アクションの行動の難易度を伺いました。難易度が高いものばかりを提案してしまうと「現実的には厳しい」とモチベーション低下につながること考慮して、参加者の方の意見に耳を傾け、アプリではどう提案するのが良いか参考にしました。
ワークショップから見えてきたもの
参加者の方の意見を聞く中でいくつか気づきがありました。
コンビニなどレジ袋の有料化によってエコバックを持つ人が増えましたが、エコバックを持つ理由は環境問題のためではなく、お金がかかるからという意見があり、生活への直接的な影響がエコバック購入につながっていました。また、エコバックの使用は行動の難易度も低くく、生活に取り入れやすいため拡散したとも言えます。
環境に関心はあっても、現状の生活を変えるのはなかなか厳しい。子育てに車を手放すことは難しいし、地方に住んでいるからカーシェアなどはまだそこまで普及していない。ある人にとっては簡単であっても、ある人にとっては難しいと感じるものもあります。
「地元食材を食べること」は、環境への負荷を軽減できる脱炭素アクションの1つです。行動の難易度がそこまで高いとは思っていませんでしたが、住んでいる場所によっては地元食材が手に入れにくい場合もあります。
「電子書籍を利用すること」については、脱炭素につながると知らなかったという意見もありました。電子書籍を利用する多くの理由は、購入したらすぐ読める、保管にも持ち運びにも場所をとらないなどでしょう。電子書籍を利用することは環境のための脱炭素アクションです。
ワークショップを開催して良かった点は、想定していた意見を直接聞くことができたことでした。
制作を進める中でよくあることですが、ユーザーへの期待値がどんどん高くなります。環境に関心のある人なら、自身のカーボンフットプリント量を知ることを楽しんでくれる。時間のかかる質問でも答えてくれる。アプリを通じて脱炭素アクションを知って何ができるか考える。できることから行動にうつす。何度もアプリを利用する。家族、友人だけでなく地域に働きかける。しかし、現実にはこういったポジティブなユーザーばかりではないはずです。環境問題を聞いてもどこか自分の生活から離れている。自分にできることは取り組みたいけどなかなか行動にうつすことは難しいと感じる人も多いと思っていました。ワークショップを開催したとき、今後の進め方に迷ってなかなか次に進めずにいたので、自分が想像していた意見を直接聞くことができたのは本当に良い刺激でした。
まとめ
デザイナーは私1人というのもあって、常にモヤモヤと格闘しながら進めていました。最初の頃は前に進んでいるか不安だったし、ここまで定義するのにプロジェクトの半分の時間を費やしていました。でも、この遠回りに見えるプロセスが必要だったのだと今なら思えます。どのプロセスを見返しても、その時の自分の思考をしっかり覚えています。ここまでの内容を自分の中に落とし込むことができたからこそ、次のデザイン作業にスムーズに進むことができたと思います。
続きのnoteでプロジェクトの後半部分、UIデザイン制作のお話をしたいと思います!
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