話題の「LAGAR」ビール、知っておくともう少し楽しめる、あと2つのこと
サッポロビールとファミリーマートが共同開発したビール「サッポロ 開拓使麦酒仕立て」のラベルに表記ミスがあり、一旦は発売中止が発表されたものの、発売を支援するビアファンの声などに後押しを受けて、日程を変更して発売されることになりました。各所で取り上げられていたので、耳にした方も多いのではないかと思います。
当初のニュースリリース:
https://www.sapporobeer.jp/news_release/0000012342/
発売中止のニュースリリース:
https://www.sapporobeer.jp/news_release/0000012363/
再度発売決定のニュースリリース:
https://www.sapporobeer.jp/news_release/0000012368/
表記ミスの内容は、本来は "LAGER" と表記すべきところが "LAGAR" となっていたとのことです。もちろん中身には問題はないとのことで、結果的にせっかくのビールが無駄にならず、無事にビアファンの皆さんの手元に届いたことは本当に喜ばしいことです。店頭のポップなどでもラベルの表記ミスについて説明があったりして、実際に商品を手にとって「これが話題の "LAGAR" か!」と表記を確かめる楽しみもあったんじゃないでしょうか。
さて実は、この「サッポロ 開拓使麦酒仕立て」は、話題の "LAGAR" 以外にも、知っているとちょっと楽しめることがあと2つ隠れています。「ラベルに描かれた建物」と「国会図書館に収蔵されたビールのレシピ」 について、順番に見ていきましょう。
ラベルに描かれた建物の秘密
「サッポロ 開拓使麦酒仕立て」のラベルの中心に描かれた建物。ニュースリリースにもあるとおり、これはサッポロビールの前身である開拓使麦酒醸造所の姿をモチーフにしたものです。明治時代の建物ですね。
パッケージの中央には「開拓使麦酒醸造所」の当時の姿をデザインし
サッポロビールのWebサイトでは、おそらくこのデザインのもとになったであろう当時の写真も掲載されています。
建物の形といい角度といい、まさにそっくりですね。心持ち、出入りする馬車の数はラベルよりも多く見えます。リンク先のサイトにも書かれているように、この建物はビールの原材料の大麦を扱う施設でした。馬車が運んでいる袋の中にはこうしたビールの原材料が入っているのかもしれません。もちろんラベルに描かれた姿も素敵ですが、開拓使麦酒仕立てを飲みながら、写真を眺めて当時の賑わいの様子を楽しむのも良いのではないでしょうか。
さらに、この施設は明治時代に建てられたのちなんとまだ現存かつ現役で、今でも実際に訪れて中に入ることもできます。先程の写真が掲載されたサイトでも説明されているとおり、現在は「サッポロビール博物館」として、札幌市東区にあるサッポロビール園の一画で一般公開されています。残念ながら開拓使麦酒仕立ての提供はないようですが、同じく明治時代のレシピをもとにした「復刻札幌製麦酒」という限定ビールが楽しめます。とても素敵な建物で、見学ツアーや展示も充実しているので、「開拓使麦酒仕立て」のラベルが気になった方はぜひ訪れてみてください。
と、ここまでは一般向け(?)の話ですが、実はちょっとした裏話がありまして。このラベルに描かれた建物についての先程のサイトの説明をちょっと見返してみましょう。
もともとこの赤レンガの建物は、1890(明治23)年に札幌製糖株式会社の工場として竣工しました。1903年5月、札幌麦酒が買収し、ビールの原料となる大麦を麦芽にする製麦所に改修。
もともとは別の会社が建てた施設を買い取り、1903年からビールの原材料の加工を行う施設として利用してきた、ということですね。ここでさらに開拓使麦酒醸造所の歴史を振り返ってみましょう。
https://www.sapporobeer.jp/company/history/1886.html
開拓使は1882年に廃止され、開拓使麦酒醸造所は「札幌麦酒醸造所」となりました。と、いうことは……?あれ?出来事の順番が?
もちろん開拓使麦酒醸造所はその後の札幌麦酒、そして今に続くサッポロビールへと受け継がれてきているわけで、当時の会社の名称がすでに開拓使麦酒醸造所ではなく札幌麦酒に変わっていたところで、この建物が明治時代のビールの原点の重要な一画を担っていたことに変わりはありません。ラベルに隠されたちょっとした裏話として、このあたりの明治期の日本のビールの歴史に思いを馳せてみるのも楽しいかなと思い紹介しました。
ビールのレシピが国会図書館に?
二つ目の話題はビールのレシピです。「開拓使麦酒仕立て」は、明治時代の開拓使麦酒醸造所でのビールの作り方に基づいて作られているとのことです。
明治9年に日本人による初のビール工場として開業した「開拓使麦酒醸造所」で用いられていた伝統的な製法を採用
仕込釜において、煮沸を3度行うことで麦のうまみを引き出す
この、開拓使麦酒醸造所でのビールの作り方は、実は国会図書館に収蔵されているんです。
北海道開拓使が行った事業をまとめた明治18年の「開拓使事業報告」で、「冷製麦酒」として当時のビールの醸造工程が説明されています。一部を書き出してみましょう(意味が変わらない範囲で一部表記を変更しています)。
その一半を分て釜中に入れこれを煮ることおおよそ三十分間にして
...
またその半を分て釜中に移し煮ること二十五分間
...
またこれを釜中に入れ煮ることおおよそ十五分間
桶、釜にそのこもごも移すこと三回とす
このように、加熱設備の備わった釜と、加熱用ではない桶との間で麦汁を行ったり来たりさせながら、三度の煮沸を行ってビールを仕込んでいたことがわかります。 まさに「開拓使麦酒仕立て」で謳われている「仕込釜において、煮沸を3度行うことで麦のうまみを引き出す」です。
こういった記録がしっかりと残っているいるからこそ、サッポロビールは当時のビールの作り方に基づいて「開拓使麦酒仕立て」を作ることができたんですね。
以上、話題の LAGAR ビール「開拓使麦酒仕立て」をもうちょっと楽しめるかもしれない2つのトピックでした。「開拓使麦酒仕立て」はファミリーマートで 2/2 に発売されています。見かけたらぜひ手にとって、日本のビール創成期に思いを馳せつつ楽しんでみてはいかがでしょう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?