Tyler, the Creator、『CHROMAKOPIA』──その全容に迫る【翻訳記事(出典:Complex)】
Tyler, the Creatorは、7作目のソロアルバム『CHROMAKOPIA』のリリース直後、ロサンゼルスのInuit Domeに集まった17,000人のファンの前で、赤裸々な心境を語った。
「俺はもう20歳の頃の自分じゃない。みんな歳を取っていくし... みんな子どもを持って、家庭を築いていく。俺には新しいフェラーリがあるだけ。なんだか妙な感じがするよ。体重は増えてきたし、胸には白髪も生えてきた。人生って、ただそういうものなんだ... だから、独りでいる時に考えることを書きたくなったんだ」
この言葉は、Tylerの新たな成熟期を象徴している。『Flower Boy』で始まったこの成熟期は、『Igor』で最大の商業的成功を収め、『CALL ME IF YOU GET LOST』でさらなる創造性の高みへと到達した。
そして今回の『CHROMAKOPIA』は、Tylerにとって最も内省的で、どこか親密さを感じさせるアルバムとなっている。これはまるで、家族を持たずに夢の成功を手に入れたミレニアル世代のための『4:44』のようだ。
母親のBonita Smithがスピリチュアルなガイドとしてアルバムを支え、Tylerの心に光を投げかけている。彼は、400万ドルのフェラーリという祝福と同時に、明確な犠牲も伴うこの新しい人生の局面を探求している。
いつものように、Tylerは全曲の作詞・作曲を手がけ、クリエイティブディレクションも担当。『CHROMAKOPIA』というタイトルの意味など、さまざまなイースターエッグが仕込まれている可能性も高いが、それについては後ほど触れることにしたい。
Tylerは新たな円熟期に突入した
Tyler, the Creatorがティーンエイジャーの頃から注目を集め続けてきたことを思えば不思議な感覚だが、彼もまた30代という新たな節目を迎えている。
世界的なラッパーとしての地位を確立しながらも、「人生は本当に充実しているのか」「仕事に満足できているのか」「子どもを持つにはもう遅いのか」—30代特有のこうした問いと向き合う姿がある。
『CHROMAKOPIA』を通して描かれるのは、自身の欲望と周囲からの期待の狭間で揺れ動く彼の姿だ。
母親Bonitaの存在感はアルバム全体に通底している。「本当の愛がないのなら、女性に"愛してる"と言わないで」「必ずコンドームを装着するように」という母親らしい諭しの言葉が響く。
さらには「早く孫の顔が見たい」という願いや、息子に亡き夫の面影を見出す母親の思いも織り込まれている。
『CHROMAKOPIA』におけるTylerは、これまでのどの作品よりも成熟した表情を見せているが、それは大人になることの複雑さを素直に受け入れているからこそだろう。
母親を安心させたい気持ちと、自分らしい人生を歩みたい願望の間で揺れ動く心情が描かれる。16歳の頃には想像すらしなかった親の老いや、人生の岐路に立つ実感—30代という年齢は、確かに何かを変えていく。
これは間違いなく、Tylerにとってこれまでで最もパーソナルな作品だ
Tylerは年を追うごとにレコード上での感情表現を率直にしてきたが、『CHROMAKOPIA』ではその赤裸々な吐露が極限まで高められている。
このアルバムは抑制のないエモーションと、制御しきれないエネルギーに満ちている。少年のような魅力や軽妙な毒舌は健在でありながら、それらは混乱や葛藤の強い感情に押し流されがちだ。
「Noid」では、セレブリティという立場が自身の安全をいかに脅かしているかを描き出し、「Darling, I」では、結婚式の祭壇に立つ自分を想像しながらも、「永遠」という重みに押しつぶされそうになる心情が浮かび上がる。
社会が安全や安心を重視し、「家族」という伝統的価値観に従う者が報われていく様を目の当たりにしながら、Tylerは自身の本当の願望を見定められないでいる。
ある曲では自らを「bonafide face seat」と称え、別の曲では愛を渇望する気持ちを吐露しつつ、「この子には惚れてる、まるで金鉱を見つけたみたいだ/新しい家も、子供2人も考えてる/でも新しい女に夢中になっちまう」と赤裸々に告白する。
『CHROMAKOPIA』は、Tylerのその瞬間の感情をありのままに切り取っている。それが複雑で矛盾に満ちた感情であっても、むしろそこに人間らしさを感じさせ、聴き手に新鮮な衝撃を与えている。
「Take Your Mask Off」はアルバムのメインテーマなのか?
今月初め、『CHROMAKOPIA』のローンチに際して、Tylerは印象的なビジュアル・シンボルを展開した。アルバムカバーにも登場するマスクを纏い、セピア調の軍事的イメージを織り込んだプロモーション映像を公開。
そのプロモーション素材とカバーアートには金属的な輝きが施され、映像では艶めく質感が次第に鮮やかな緑へと変容していく。
このモノクロからカラーへの移行は、アルバムの核心的テーマとして浮かび上がる(タイトルに含まれる「chroma」自体が、色彩の鮮やかさを表している)。
「St. Chroma」では、Tylerの母親が「あなたは光なのよ/それは纏うものではなく、内側から輝くもの」と語りかけ、続いてDaniel Caesarが「その内なる光を感じられるか?」と問う。
このプロモーションで示された独自のイメージを単純化する危険性は承知の上で、アルバム公開前のマスクと9曲目「Take Your Mask Off」との呼応関係は看過できない。
この楽曲でTylerは、私たちが日々身にまとう様々な「マスク」—つまり、理想の自己イメージを演出するために選び取るアイテムやファッション—について語り始める。
彼はこう紡ぎ出す。
「いい子でいい家庭、両親も揃ってる/中流の安定した暮らしで、クリスマスもきちんと祝ってる/家族旅行も行って、アイビーリーグも目指して、でもある日スイッチが入る/”ダサいと思われたくない”」
事態は悪化の一途を辿り、その人物は顔へのタトゥーを施し、5年から10年の刑期を受けることになる。
そしてフックはこう響く。
「お前が自分を見つけられることを願う/お前が自分を見つけられることを願う/そしてそのマスクを外せることを願う」
ヴァースを重ねるごとに、Tylerは牧師や主婦といった様々なステレオタイプの人物像に語りかけていく。
そして第4ヴァースには、明確な言及はないものの、自身への問いかけとも取れる言葉が込められる。
「お前は自己中で、だから親になるのが怖いんだろ/セラピーが必要なのは分かってるが、行くのを恐れてる」
最後にこう結ぶ。
「そのマスクを外して真実を伝えろ、向き合おうぜ」
『CHROMAKOPIA』全編を通じて、Tylerはそのマスクの奥に潜む真の自分と向き合う勇気を、少しずつ磨き上げているのだ。
「Thought I Was Dead」には昔のTylerのようなエネルギーが宿っている
Tylerは『CHROMAKOPIA』のリリースに先駆け、3曲のティーザー楽曲を公開した。
「ST. Chroma」「Noid」、そして最も挑発的な色彩を放つ「Thought I was Dead」である。
「Thought I was Dead」では、ScHoolboy Qとのコラボレーションを実現させながら、かの物議を醸すラッパー、Ianへの言及を再び織り込んでいる(固有名こそ避けているものの、その指示対象は明白だ)。
注目すべきは、Tylerの矛先がIanのみならず、彼のキャリア初期の向こう見ずな姿勢と現在の立ち位置を「偽善的」と非難するファンたちにも向けられていることだ。
「白人の奴らがこのノリを真似して、文句言ってくるだと?俺のことなんか気にすんな/古いツイートでも、昔のTシャツでもなんでも引っ張って来いよ、そいつの上でムーンウォークしてやる」
そして続くリリックで、アルバム全体を貫くテーマである成長と成熟へと話を展開させる。
「T-Tは変わった、汚れた服みたいにな/若かったけど、30になっちまった」
Tylerは自分の"音楽のパレット"を再構築する
Tylerは長年、ヒップホップシーンで最も創造的なプロデューサーの一人として評価を確立してきた。
映画作家のごとく音の細部まで徹底的にこだわり抜く姿勢は、その真骨頂と言えよう。
『Igor』や『CALL ME IF YOU GET LOST』では、重低音が唸るシンセサイザーと、スタジアムを揺るがすドラムビートを特徴としながら、メロディの優美さとリズムの力強さという相反する要素の緊張関係がプロダクションの核心を形作っていた。
『CHROMAKOPIA』でもそのDNAは継承しつつ、これまでで最も革新的かつ探究心に満ちたビート群として結実している。
「Noid」では Kanye West の「Power」からインスピレーションを得た、ノイジーでファズの効いたジャムを、首を振らずにはいられないラップビートへと昇華。
「Darling, I」では、敬愛する Pharrell Williams への オマージュとして、The Neptunes がプロデュースした Snoop Dogg の「Drop It Like It's Hot」をインターポレートしている。
「Tomorrow」ではアコースティックギターの温かみに満ちたバラードを、安直さを排して紡ぎ出し、「Like Him」では『Flower Boy』の甘美なメロディにリズムのシャッフル感を注入、混沌とした転がるようなグルーヴを生み出している。
「I Hope You Find Your Way Home」では心地よいストリングスの布置の中で、緊張感を漸進的に高めていく手腕を披露する。
一見些細な変化に見えるこれらの音楽的決断の数々は、『CHROMAKOPIA』における緻密な瞬間へのこだわりを如実に物語っている。
その積み重ねにより、Tylerは厳密で精緻でありながら、自由奔放かつ大胆不敵なプロデューサーとしての真価を遺憾なく発揮しているのだ。
GloRilla! Sexyy!! Doechii!!!
『CHROMAKOPIA』のリリース直前、Tylerは「フィーチャリングはなし」とSNSで予告していた。これは単なる戯言か意図的なミスリードだったのかもしれない。
実際のところ、アルバムの過半数の楽曲には、Daniel Caesar、Teezo Touchdown、そして過去に「嫌い」と公言していたChildish Gambinoといったアーティストたちが参加を果たしている。
特筆すべきは、現代のラップシーンで頭角を現す女性アーティストたちの起用だろう。アウトサイダー的なラッパーたちの魅力を引き出してきたTylerの手腕は、今作でも健在だ。
「Sticky」では、GloRilla、Sexyy Red、そして盟友Lil Wayneを迎えたポッセカットを展開。そのキャッチーかつ喧騒に満ちた、どこか茶目っ気のある楽曲は、試聴会でも最大の歓声を誘った。
また「Balloon」では、かねてよりTylerとの共演を望んでいたDoechiiが、アルバム随一と言えるラップパフォーマンスを披露している。
これらのトラックは、アルバム全体の中でも際立って大胆な展開を見せる(これは最大級の賛辞である)。
予期せぬ展開も随所に仕掛けられており、たとえば「Sticky」では、ビートがYoung Buckの「Get Buck」へと鮮やかに転調する瞬間が用意されている。
「Hey Jane」はキャリアのハイライトになるかもしれない
『Igor』は、Tylerの失恋アルバムとして広く認知されている。「Gone, Gone / Thank You」「I Don't Love You Anymore」「Are We Still Friends」といった名曲群がその印象を決定づけてきた。
『CHROMAKOPIA』において失恋の影は過去のものとなりながらも、内省的な視座は綿密に保持されている。その中で異彩を放つのが「Hey Jane」だ。この楽曲でTylerは、予期せぬ妊娠に対する率直な不安を描き出す。
楽曲の真価は、巧みな視点の転換にある。第1ヴァースでは父親になることへの複雑な恐れを吐露し、「Jane、最終的に決めるのは君の自由だ。どっちを選んでも俺は応援するから、無理はしなくていい」という言葉で締めくくられる。
第2ヴァースでは視点がJaneへと移行し、彼女自身の不安が前景化される。母親になることへの時間的プレッシャーを抱えながら、「私の母もあなたの母親もそうだったけど、これはプライドとかじゃなく/ただ安心して生きたいだけなの」と吐露する。
さらにこの楽曲は、個人的な物語が政治的文脈と交差する稀有な例としても際立っている。
選挙を目前に控え、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」が有権者の関心を集める中、通常は政治的主題を回避するTylerが、このトピックに対してかくも深い共感と感情を込めて向き合う姿勢は、非常に響くものがある。