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脳の外で考える -The Extended Mind- The Power of Thinking Outside the Brain

とても気になる本だったが、本章のまとめまでで500ページを超える本なので、横目で眺めている時間が長かった。重い腰を上げてようやく読んだ。スタートはとっつきにくく、最初のトピックが最も気になる身体感覚でなければ、早々に挫折していたかも。。。ちょっとわかりにくい文章もあって、原文で確認したいと思った箇所もいくつかあった。

原題は The Extended Mind。“Mind”は日本語に置き換えるのが難しい単語だから、日本語のタイトルには副題の The Power of Thinking Outside the Brainを持ってきたのは上手いなと思った。

が、とにかく。ようやく読破。参考になることが多く、付箋を貼ったら写真のとおり。

脳の外のリソースの分類から9章に分けて書かれているが、最後のまとめで9つの原則として次のように括っている。

<心が持つ習性>
- 情報を頭の中から外へ、世の中に向けて出すべき
- 情報をアーティファクト(形を持ったデータ)にするよう努力すべき
- 知的労働に携わるとき、自分の心理状態を生産的に変えるように努力すべき

<データより体のシグナルに注目してみよう>
- 考える情報を体で表現する手段を講じるべき
- 考える情報を空間で扱えるように手段を講じるべき
- 考える情報は社会的になるように手段を講じるべき
- 認知的なループを作るように思考すべき

<脳がパフォーマンスを出せる状況を作り出そう>
- 思考する際は認知面で心地の良い状況を作るべき
- 心を拡張させる方法を毎日の環境に組み込むことで思考をコントロールすべき

ここでは、「やっぱりそうだよね!」と納得のトピックと「えーっそうだったの?」という驚きのトピック3点ずつ取り上げてみようと思う。本書で紹介されているさまざまな実験には、研究者の執念?と感じたものもあったが、こうした研究とデータのおかげで、ヒトの特性が少しずつ解明されているのだ。実におもしろい。

では、「やっぱりそうだったよね!」から。

①内需要感覚

ふとしたきっかけでマインドフルネスに興味を持ってから、身体が自分自身だけでなく環境や相手から情報を受け取る能力について、とても関心があった。食うか食われるかの時代は、ちょっとした状況の変化を正確に察知して危険から身を守るのは生きるために欠かせない知恵。昔から「虫の知らせ」とか「胸騒ぎ」とか、根拠はないけれど、直感的に感じるものの存在は認められている。

だから、いかに体が発する小さなメッセージに自分が気付けるかは、安全に気持ちよく生きていくうえで、とても大切な能力だということは理解していた。

学者さんたちがそれを実証するために、実にさまざまな実験と考察をしているのだが、体が察知する情報とそれに対する反応、無意識化の情報処理と言い換えていいと思うのだが、それは、ヒトが持つ有限の認知リソースをできるだけ温存して、顕在意識のもとで目いっぱい有効活用できるようにするための、生き物の能力なんだそうだ。現実にコトが起こる前の微細な変化から予兆を読み取って、コトに備える。これを無意識下で行うことができれば、認知リソースはそんなに食われない。しかし、これに気付かず、コトが起こってから現実を理解しようとすれば、そこに大きな認知リソースが持っていかれる。このコトにどう対処すべきなのかを考えることが大切なのに、認知リソースは使い果たされ、時既に遅し。パニックに拍車がかかるのみ。。。

生き物として内受容感覚が大切なのは、認知力のリソースの有効活用のためだった!

うれしいことに、内受容感覚を鍛える方法も紹介されている。マインドフルネス瞑想に取り入れられることの多いボディキャン瞑想だ。ボディスキャンの方法は本書やマインドフルネス関連書籍をお読みいただくのがいいとして、これを毎日行うことで体が感じることとつながり、感情の出所を正確につかみ、感情に圧倒されにくくなる能力を身につけられそうだ。

②自分のアイデンティティを忘れない環境づくり

ヒトの集中力には、そもそも限界がある。建物や空間の作り方がヒトの集中力にかなりの影響力があることが、昨今のさまざまな実験と考察でわかってきているらしい。

『第5章 建物の空間を使う』ではオープンオフィスの功罪に触れていて、無駄のないオフィスでは、むしろ生産性が下がるとバッサリ。視覚や聴覚のノイズが認知リソースをムダ遣いしてしまい、自分のアイデンティティや所属団体への帰属意識を示すものが視界にあるとパフォーマンスが上がるという実験結果は多いのだそうだ。

私が特に関心を持った部分を引用する。

経営学の学術誌『アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル』に発表されたある研究では、エンジニアからイベント・プランナー、クリエイティブ・ティレクター、不動産業者に至るまで、さまざまな職業の人の仕事スペースを詳しく調べています。彼らが自分の仕事スペースに飾っていたアイテムのうち約1/3は、本人にしか見えない場所に置かれていました。なかでも、持ち主が「自分の目標や価値観を忘れないため」に飾っていたアイテムでは70%が、他の人の目には触れないところにありました。

「脳の外で考える」262ページより引用

オープンオフィス等スペース運用側が設定したルールもあると思うが、「本人にしか見えない場所」というのが興味深い。ここで私は、他の人にも見える場所と本人にしか見えない場所との差はなんなのだろうか?という疑問を持った。本書にはこれ以上の記載はなかった。ただ脚注がついていたので、参考文献の2015年2月刊行のAcademy of Management Journal 58(有料)を購入してみたが、100ページを超えるボリュームに怯んで、謎は解けていない。。。

なお、こんまり流®︎片づけコンサルタント養成講座を受講した私は、これが下記の文章とリンクした。

・・・おうちの中に、自分だけが管理する、自分のときめくモノしか置いていない『ときめきマイスペース』を必ず作りましょう。(中略)要するに場所はどこでもいいし、狭くても小さくてもいいのです。自分だけが管理する『マイスペース』を持つことの効用は計り知れません。(中略)言い換えれば、『マイスペース』は自分だけのパワースポットのような効果をもたらしてくれるのです。

「人生がときめく片づけの魔法2」近藤麻理恵 78〜79ページより引用

家の中は単身世帯でなければ、多くのスペースが家族共用のはず。しっかり片づけた後に「ときめきマイスペース」を作ることは、オフィスの中の他の人の目に触れないところに自分のアイデンティティを想起させるものを飾るのは、同じことと考えていいと思う。

③全ては模倣から始まる

ここで気になったのは、従来の制度を、思考を見える化して編成し直した現代版の「認知的徒弟制度」。親方の背中から学ばせるようなプロセスではなく、思考を見える化して再編したプログラムのこと。米ノースウェスタン大学では単位を落とす学生が60%強から10%以下に縮小したそうだ。

模倣に関する研究もさまざま行われていて、上手な模倣はスキルであるという人もいる。つまり、先人の経験や知恵を上手に使って自らの認知リソースを有効活用せよということだ。

楽器演奏やスポーツ、日本古来の「道」は全て模倣から始まる。闇雲にやるのではなく、模倣から始めて独自の世界を切り開く。まさに、守破離の世界ではないか!

ここからは「えーっそうだったの?」の3点。

④スタンディングデスクの効用

スタンディングデスクは座っていられない腰痛持ちの人のためのものだと思っていた。スタンディングデスクさん、ごめんなさい! 

日本ではオフィス家具メーカーのショールームで見たのみ。海外オフィスでは使用者を見たことはある。ただ、あれで集中して仕事ができるのか?と思っていた。

研究によると、スタンディングデスクの使用は低強度運動にあたり、生徒の実行機能(計画や意思決定において極めて重要な能力)の強化や、作業に取り組む集中力の高まりにつながることが明らかになった。ビックリ。

集中や思考には適度な運動が必要で、高中低のそれぞれのレベルで活性化される能力があるのだそうだ。実際に、動くことを許された子供たちは集中力が高まり、自信を持ち、生産的になるという研究結果がある。

確かに、最新のオフィスではスタンディングデスクを取り入れているところは増えていると思われる。自宅の場合は、現在使用中のものを買い替える形で取り入れるしかないだろうから、ちょっとハードルが上がる。どこかで試してみたいものだ。

⑤自然の中のフラクタル構造の威力

フラクタルとは「自己相似性」で、図形の全体をいくつかの部分に分解していった時に、全体と同じ形が再現されている構造のこと。私は真っ先に雪の結晶を思ったが、他にもこんなものがある。

  • 木々の葉(幹や根元の大きな葉から枝先の小さな葉まで)

  • 雲や炎

  • 砂丘

  • 山脈

  • 海の波

  • 岩の構造

  • 海岸線

  • 樹冠のすきま

自然は色・素材・空気や風・匂い・光など、人工的な建造物に囲まれた環境よりも情報量が圧倒的に多い。情報量が多いとヒトは疲れるはず。なのに自然に身を置くと癒される。

自然は無秩序に見えるが、秩序は存在する。その複雑さの度合いによってヒトに与える影響は違うが、自然界にある中程度のフラクタル模様は、注意力を保ちつつ同時にくつろぐという「目覚めた状態でのリラックス」という魔法をヒトにかけてくれるのだ。

これは私の仮説だが、フラクタル構造が作り出すリズム感とヒトの生命のリズム(鼓動)に何か関係があるんじゃないか?

⑥辛いものを一緒に食べると結束力が強くなる!

一見ホント?と思うような研究とその結果だが、オーストラリアの研究チームが報告しているらしい。

激辛トウガラシのバードアイチリを一緒に食べた人たちの間で、より大きな経済的協力が生まれた

「脳の外で考える」第9章グループで思考する 466ページから

行動の同時性が集団志向を高めることの研究で、日本では「同じ釜の飯を食う」がお馴染みだ。体温が上がり、汗が出て、血圧が上がり、心拍数が上がり、アドレナリン放出を促すという点で、ヒトが生理的に興奮している時の特徴と合致することから、この激辛トウガラシの実験は、辛いものを一緒に食べると生理的な興奮という経験を共有する。つまりグループの結束力が高まる、ということらしい。じゃ、激辛料理の多いアジア諸国はみんな結束が強いのか?アトラクション程度の激辛料理しかない日本は結束が弱いのか?どうなんでしょう???

最後に・・・

とんでもなく長くなってしまいました。

The Extended Mind 拡張された知性。思考を拡張させるために、使えるものは使え!参考にしたいことがたくさんあったので、まとめてみた。できるだけコンパクトに、と思ったのに、こんなに重たくなってしまった。

確かに、とっつきやすい本ではないが、半ば常識化していた脳の使い方や思考に関する多くのインサイトがあった。今回の読書メモは、この先何度も見返すことになると思う。自分の小さなリソースは有効に使わないと、ね。

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