「先輩」
夕暮れ時の屋上。俺と後輩はそこでぼんやりと対話をしていた。
「どうした」
「先輩は、ワークステーションという言葉をご存知でしょうか?」
「知らねえけど、なんかカッコいいね」
「パソコンよりも優れたコンピュータについて指す言葉だったそうです」
「…“だった”?」
「ふふふ、かつてはコンピュータ界の高級車のような扱いだったのですが…技術の進歩によってパソコンとの区別が曖昧になっていったんですよ。」
「お前はそういう話をする時いつもニヤニヤしているな」
「ふっふっふ。まぁ月へ行ったロケットよりゲーム機の方が性能が良いですしね」
「何年前の話だ。今時それより携帯電話の方が高性能だぞ」
「そうですね。そのうち技術が進歩してホモ・サピエンスの肉体よりも高性能なボディが生まれるんでしょうか」
「なんだ藪から棒に。サイバーパンク2077みたいだな」
「先輩、腕を切り落として機械に付け替えるのと脳を取り外して身体を機械に入れ替えるのどちらが残酷に思えますか?」
「星新一の掌編に出てくる『ムント』じゃねーか。後者に決まってんだろ」
「私としては前者の方が残酷だと思いますけどね」
「なんでさ」
「衛宮士郎?」
「やかましい」
「まぁ冗句は置いといて、私にとって腕を切り落とすという行為は…障害が目に付きやすいから、残酷で辛そうに見えるんです。見えないものの辛さは各々の想像力を掻き立てなければわからない。その想像力が希薄な人というのは世の中にはいっぱいいるものです。見えないからこそ残酷…というのはあると思いますね。それこそ『ムント』のように。」
「じゃあどっちを選んでも残酷ってことかよ」
「その通り」
「質問にも答えにもならねえ話じゃねーか」
「はっはっは」
「さて、そろそろ。帰りましょうか」
「帰るって、どこに」
「この夕暮れの外…現実ですよ」
「つまんない事言うなよ、…あれ?君の名前は……えっと」
「名前が思い出せないし思いつかないなら、私は誰でもありませんよ。先輩」
「俺は、お前の、先輩?」
「貴方が私をそう呼ばせているのです。貴方の頭の中、つまりこの…夕暮れの屋上で。」
「ふーん。じゃ、帰るか」
「そうですか。さよなら」
「お前も来るんだよ」
「はい?」
「一人で夜道を歩くのは寂しいからな。お前もついて来い」
「はぁ。」