改めて思う、キャリアへの考え方
久々のNoteとなりました。
ご無沙汰しております。
よく見てみたら最後の投稿が昨年12月でしたので、
今年の初投稿になります。
本年のよろしくお願い申し上げますw
さて、改めて人のキャリアを考えてみたいと思います。
投稿をサボっていた半年強の間で、
世界は実は大きく変わっていて、
一番インパクトが大きかったこととしてはやはり
ChatGTPの登場でしょうか。
これまで近いようで遠かったAIが、
そこまでリテラシーの高くない人たちにもアクセスできるようになった。
これはなかなかのパラダイムシフトなんだろうな、と。
まあそんなことは色んな人が主張していることなので、
ここでの議論ではなくて、
考えたいのはそこから発生する人の働き方について、です。
実際、簡単なプログラミングならAIに任せてしまった方が早いです。
ドキュメントなども、資料のサマリー作成なんかであれば
AIでかなり正確に可能です。
要は人がやっている、いわゆる作業とカテゴライズされるものは、
すでに代替可能ということです。
ある程度ルールが敷かれていて、
それに従ってロジスティック的に行える作業は、
すでに人がやる必要がない、むしろ非効率なのでやるべきではない、
ということです。
一般事務や銀行・役所の窓口業務などの、
ある程度すべての作業がアルゴリズムに近い形で設計できるものや、
建築作業、工場労働者などの純粋作業、
タクシーや電車の運転手などの機械的作業など、
こういったものはAIに置き換わると言われています。
今世の中にある仕事のなかで約49%の仕事はAI化されると言われていて、
多分これはそんなに大袈裟な見立てではないんだろうな、と思っています。
となると、近い将来何でもいいから仕事したいと思っても、
半分くらいの人が仕事にありつけない世の中になる可能性が高い、
ということになります。
で、こういう話を聞くとだいたいの人はこう思うはずです。
AIに負けないように、
もっとスキルをつけて社会に必要とされる人になろう!
それはそれで、ある程度正しいんだと思います。
AIへの代替が不可能な職業というものも予測されています。
例えば営業職とか、ITエンジニア、データサイエンティストやコンサルタントなど。
それも一つの方法だとは思います。
が、もっともっと根本な問題があるのでは、と思っています。
特に日本は、仕事をしたいと思う人が仕事にありとこうと思ったら、
そこまで難易度は高くはないはずです。
直近の日本の有効求人倍率は 1.30(東京にいたっては 1.78!)で、
ようは選り好みさえしなければ仕事はある、ということです。
なので少なくともこの時点でいうと仕事はしようと思えばできる、
ということになります。
では問題はなにか。
逆側から考えて仕事はなんとなくあって、
そんなに苦労しなくてもすぐに働き口が見つかる、
これが問題なのではないか、と。
ようは人は努力しなくてもなんとなく働いて何となく毎月お金がもらえるわけです。
これは非常に危険なのではないか、と考えています。
大したスキルがなくても低い給料で我慢すれば何となく生活していけるわけです。
だから人は勉強して努力してスキルを身につけたりしない。
そうなると上にあげたようなアルゴリズミック、シンプル、メカニカルな仕事しかなわけですが、その世界では人間の何倍も早く成長するAIが競争相手となるわけで、やがて簡単に負けてしまう。
なのでAIというものがなければそういった仕事をしっかり真面目にこなしていけば死ぬまでそこそこに安泰だったのですが、
もうそういう時代ではないということです。
この意識を持っている人が、案外少ない気がします。
もくもくと真面目に仕事をしていけば大丈夫、ではないのです。
では今後、AIと共存していく上で我々はどうしたらいいのでしょうか。
次回は我々とAIとの差別化、棲み分けを考察したいと思います。