「普通」でいようって思ってた
みゆです。
私はいつの頃からか、たぶん小学校低学年の頃からずっと「普通」でいようと思っていました。
「普通」って何?
人より目立たない、平均、真ん中、そこそこ、並み、松竹梅の竹・・・。
思いつくまま挙げてみました。こうして並べてみると、なんだかパッとしない、無気力で、どうでもいいような、無個性でつまんないですよね。
私は、ずっとそんな生き方をしてきました。何の疑問も持たずに。
人より目立って批判されたり、攻撃されるのって耐えられない。
自分の意見を言って、行動して、責任取りたくない。
人に合わせていたら、楽。
主に、こういう思いで普通である事を無意識に選択していたんだと思います。
けれど、小さい時から私の考えって変わってる?と違和感があったように思います。小さい時の違和感の内容は正直覚えていません。
小学生の頃に友達との距離感が掴めずに絶交されたことがありました。きっとその頃から自分を出さずにいようとしていたのかもしれません。
中学に上がると、やはりその年齢的なものもあるのでしょう。人と同じ、出る杭になりたくないと強く思いました。それに、変に目立っていじめられたくないという気持ちもありました。
内心は違う感情を持っていながらも、周りと合わせて無難な生活をしていた学生時代でした。
社会に出てからも、やはり普通でいようと思いました。だって、余計な事を言って責任取りたくないから。だけど、大人になるとさらに違和感を感じるようになっていきました。
なんでコレをしないといけないの?なんでこういう事言うんだろう?なんで?どうして?
でも、余計な事を言わずに言われた事をしてればいいよねと思っていました。普通の社員でいればいいって。
仕事や会社だけではなく、恋愛でも。こういう事言っちゃいけないよね、したらダメだよね・・・。だけど、本当はもっとこんな事したいのに。言いたいのに。でも、嫌われたくないし・・・。という思いがぐるぐるです。まさしく都合いい女になっていました。今にして思えば、普通の恋愛って何?ですけど。
子供が産まれて、幼稚園や学校に行くようになると普通の保護者でいようとしました。
あの人変わってるよねって言われたくないし、ひそひそされたくないから。それに、子供同士の付き合いに影響が出たらいけないから。
そして月日が流れた今。なぜか私は突然思ったのです。
別に普通じゃなくていいんじゃないのって。
年齢を重ねたからか、運命の流れが変わって来たのか、ようやく自分を受け入れる事ができてきたのです。
人と変わってていいじゃん。それで離れていくんだったらそれでいいもん。
実は私、占い的にも変わっている人だったんです。
水瓶座だし。
四柱推命の命式は辛亥だし、偏印はたっくさんあるし。
手相だって、両手とも変形ますかけだし、頭脳線は二股だし、二重感情線だし、金星帯あるし、反抗線あるし。
それを知ってから、少し気が楽になったというか。変わっている事で、困った事が起こっても自分のせいじゃない!と思えるから。
だって、水瓶座なんだもん。
だって、そういう命式だし、星なんだもん。
だって、手相もそうなんだもん。
だから、仕方ないんです。そういう個性という事を受け入れて、なるべく摩擦を起こさず、ゆるゆると自分らしく生きていけたらいいなと思います。