夢のケンタッキー食べ放題!カーネルおじさん、白スーツの理由
「今日、ケンタッキーにしな~い?」
CMから聞こえてくる、賀来賢人さんや高畑充希さんの声。
そそる言葉ですね~。
ケンタッキー食べたいな~、と思いながらもなかなか行く機会がなかったのですが、先日、ケンタッキーフライドチキン【食べ放題】に行って来ました!
そう!
食べ放題をやっている店舗があるんです!
ちょうどその日の朝、CMであの声。
「今日、ケンタッキーにしな~い?」
「今日、ケンタッキーにしま~す!」
⭐食べ放題は全国に3店舗のみ!
「え?ケンタッキーに食べ放題なんてあるの!?」
インスタで見て驚きました。
しかも、食べ放題を実施しているのは全国にたった3店舗。
そのうちのひとつが大阪 万博公園「ららぽーとEXPOCITY店」。
行きたいけど、行っちゃいけないかな~と、迷っていたある日、車を走らせていると、道路脇にはケンタッキー。
そして助手席の友人が言う。
共通の友人がいるのですが、ケンタッキー大大大好きで、いつもバーレルで買って食べていると!
「今、なんと申されたか?」
それはもう一緒に行く人、決まり!
行きましょう!
⭐いくつ食べれる?
普段、ケンタッキーを食べるとしたら、これが定番。
✅フライドチキン 2ピース
✅コールスロー
✅フライドポテト
✅ビスケット
そしてこれでお腹いっぱいです。
食べ放題は、フライドチキン、ポテト、ナゲット、ビスケット、コールスローなどの定番メニューに加え、サラダ、パスタ、スープカレー、ガーリックチャーハン、デザート、ドリンクなどが並ぶブッフェスタイル。
食べ放題に行って、パスタやカレースープなんて食べてたら、結局、いつもと同じ2ピースだったりして?
私達が考えた作戦はこう。
EXPOCITYには、「VS PARK」という屋内アクティビティ施設があるんです。
スクリーンに出てくるゾウやゴリラ、ティラノサウルスなどの猛獣と競争をする「ニゲキル」、にんげんカーリング、低音卓球、スカッシュなどなど。
そこで身体を動かしてお腹ペコペコにして行く!
単純な作戦です(笑)。
友人が調べてくれたのですが、予約は前日から可能。
取れたのが15:30~で、お昼時は過ぎているものの、満席!
店内は広く、壁にはケンタッキーフライドチキンの歴史を示すパネルがいっぱい。
シャンデリアは、カーネルサンダースのトレードマークのリボンネクタイになってました。
まずはブッフェの内容を一通り確認。
出ましたー!
フライドチキンがずら~り!
いくつ取ってもいいなんて超幸せ!
まずは2つ。
サラダコーナーにはもちろん、コールスロー。
大好き!
ナゲットにビスケット、パスタ、スープカレー、ガーリックチャーハン、バターコーンなどなど。
友人の事前の調べによると、このスープカレーにチキンをディップすると良いという。
今回、「カーネルクリスピー」初体験。
鶏むね肉を、にんにく&醤油をベースに味付けし、サクサクの衣で揚げた骨なしチキンで、このカーネルクリスピーにスープカレーをつけるのも美味しかったですね。
さらに気に入ったのは「ケンタッキーの大学芋」。
これ、好き♪
みんな取り方が様々。
私はフライドチキン2ピースとサラダ、コールスロー、パスタ、コーン、大学芋を盛る。
ケンタッキー大好きな友人のお皿は茶色一色。
「サラダは自分で作って家で食べれるけど、フライドチキンは自分では作れない!」
と言って方針が明確!
確かに!
結局、4人全員、フライドチキンは4ピースずつ。
普段からバーレルを抱えて食べるという強者の友人は、フライドチキン3個、カーネルクリスピー4個!
さすが!
アイスは別腹です♪
インスタにリール投稿する時は、「会いに行こう」のBGMをチョイス。
だってケンタッキーのCMに出ているのは賀来賢人さん。
賀来賢人さんと言えば、JRのCMで流れるこの曲ってことで。
⭐カーネル人形、3つの秘密
昔、「奇跡体験!アンビリーバボー」の番組で、ケンタッキーフライドチキンの創業秘話を知りました。
まず、おなじみ、「カーネルおじさん」の人形。
ららぽーとEXPOCITY店の店頭には、ベンチに座る人形とシェフ姿の人形と2つ。
このカーネル人形には3つの秘密があるんです。
①実は日本限定!
海外から日本に来られた人は、この「カーネルおじさん」を見てびっくりするそうです。
日本では、各店頭に置いてあり、まさに顔ですが、実はこれ、日本だけ。
元々は、カナダでイベント用で作られたカーネル人形。
これを、日本店のオープン時、日本スタッフが宣伝のために持ち帰り、飾ったのが始まりだそう。
つまり、本国アメリカや他の国にはこの「カーネルおじさん」はいないんです!
②メガネは、本物の老眼鏡
近付くと分かるメガネの秘密。
実は、本物の老眼鏡。
カーネル・サンダースも老眼鏡をかけていたのと、
「お客さんの笑顔をよく見てほしい」
という思いからだそうですよ!
③「カーネルおじさん」には転勤がある?
店頭に立ち続ける「カーネルおじさん」。
雨風にさらされると当然、傷みが出ます。
すると、工場に修理・補修に入り、出番を控えていた修理済みの人形が新たにやって来る。
そして修理・補修を終えたカーネルおじさんはまた別の店舗へ。
つまり転勤あり。
面白いですね!
⭐お客さんの一言からスタートした「サンダース・カフェ」
カーネル・サンダースが60代で成功した、というのは有名な話です。
ケンタッキーフライドチキンのフランチャイズ化をスタートしたのは62歳の時。
そこに至るまでの道のりはとても長かったようです。
1890年、アメリカ、インディアナ州で生まれたカーネル・サンダースは、5歳の時に父親が他界。
兄弟の面倒を見つつ、13歳の時には既に働きに出ていたそう。
ららぽーとEXPOCITY店の店内には様々なパネルが飾ってありました。
その後、鉄道工事やセールスなど、様々な仕事を経験。
37歳の時、ケンタッキー州にあるガソリンスタンドが経営者を探しているのを見付け、経営をスタート。
他店よりも2時間も早い、早朝5時に開店。
1920年代、お客さんの車の窓を拭くなどのサービスを始めると、当時、どこもそんなサービスはなかったため、評判に。
ところが1929年の世界大恐慌の波にもまれ、倒産。
彼の店の評判の噂は石油会社にも届いており、ケンタッキー州でガソリンスタンドをやらないか?という話があり、2つ目のガソリンスタンド経営。
そんなある日、お客さんの一言が転機に。
そこで、元々料理が好きだった彼は、ガソリンスタンドの倉庫に6席だけのテーブルを置いてレストランにし、「サンダース・カフェ」を開店し、大繁盛!
ここで提供していたのは、アメリカ南部の郷土料理でした。
⭐「カーネル」は本名じゃなかった!
世界中、誰もが知るカーネル・サンダース。
実は、本名は、ハーランド・デイヴィッド・サンダーズ。
ん?
カーネルはどこから?
大評判となった「サンダース・カフェ」は、道の向かいにも6テーブルを有するレストランをオープン。
そして1935年、「州の料理への貢献」が評価され、ケンタッキー州の知事から「ケンタッキー・カーネル」という名誉称号を与えられたのです。
つまり、「カーネル」というのは、大佐、という意味の、称号の名前だったのです!
1939年、カーネル・サンダース49歳の時、お店で一番人気だったフライドチキンをもっと美味しくするためにスパイスの調合を工夫。
7年かけて、11種類のスパイスの黄金比を開発!
現在も同じ11種類が使われており、変わっていないそうです。
なんと、80年以上前に完成してたんですね!
その後、カーネル・サンダースはガソリンスタンドを手放し、レストランに専念して繁盛するも、不運なことに、原因不明の火事で全焼。
再開を望む常連客の励ましで、資金集めに奔走する日々。
そして2年後、150人収容可能な「サンダース・カフェ」を再建したのです。
ますます繁盛するお店。
当時、フライドチキンは、あれだけの大きさのピースをふっくら揚げるには、30分かかっていました。
そんなある日、カーネル・サンダースは出会うのです。
ニューヨーク万博で紹介された圧力鍋に!
見た途端、ピンと来て購入し、使ってみると、それまでのフライドチキンを揚げる時間が半分の15分に!
さらに1度に36個を調理出来るものを開発して量産が可能になったといいます。
⭐フランチャイズ1号店の誕生!
1952年、カーネル・サンダース、62歳。
ユタ州のレストラン経営者、ピート・ハーマン(31歳)との出会いで人生が一変します!
ピートに自慢のフライドチキンをふるまったところ、
「このチキンの味を売っていくべきだ!」
「是非、私の店を1号店にしてください!」
そして、フライドチキンが1つ売れるごとに5セントを支払うと契約をし、ユタ州のピートのお店は、アメリカ南部から来た、と分かるように
「ケンタッキーフライドチキン」
と名付けられ、
「フランチャイズ方式」が誕生したのです!
ちなみに、「フランチャイズ方式」の発祥は、ミシンメーカー「シンガー社」、とも言われているそうですが、シンガー社の場合は、代理店に販売権を付与する「商標ライセンス型フランチャイズシステム」。
ケンタッキーや、1955年創業のマクドナルドは、パッケージ化されたもので、こちらが今で言うフランチャイズ方式の発祥、と言われているそうです。
✅調理器具や調味料の提供
✅開業前研修の実施
✅ノウハウ提供
✅開業後のサポート
⭐だからあの白いスーツなのね!
その後、アメリカではマイカーが増加。
国道に変わる高速道路の建設が発表されたのです。
「サンダース・カフェ」の前を通る車は激減してしまい、レストラン以外の事業で多額の借金もあり、閉店。
なんと、カーネル・サンダースは65歳で全て失うことになったのです!
そこで、車に圧力鍋とスパイスを積み込み、奥さんと一緒に各地を巡り、フランチャイズ店募集の旅に!
その際、カーネル・サンダースは、南部伝統の正装である、あの白いスーツにリボン結びのネクタイ、といういで立ちで回ったのです。
だからカーネルおじさんはあの姿なのね!
ららぽーとEXPOCITY店のパネルをよく見ると、黒いスーツ姿の写真もありました!
白スーツ以外、初めて見ました!
その旅は約1年続き、最初は門前払いも多い中、ピートのお店の評判もあり、問い合わせも増え、フランチャイズ店が増加していったのです。
⭐トラブルで届いたバーレル
ある日、ピートのお店でトラブルが!
訪問販売の口車にのり、必要のない紙製のバーレルを大量に発注してしまったのです。
そこで、紙バーレルにフライドチキンとビスケットを入れてテイクアウトを開始!
どひゃー!
まさか、トラブルから生まれたなんて驚き!
バーレル大好きな友人よ、ここから始まったんだって♪
その後、3年間で200のフランチャイズ加盟店が誕生。
カーネル・サンダースは、200以上の店舗を全て巡り、自らチキンを揚げてみせたそうです。
海外にも展開が始まり、カーネル・サンダースは、
「アメリカで最も有名なシェフ」
と呼ばれました。
あ!
店頭にあったシェフ姿のカーネルおじさんは、これ、ですね!
カーネル・サンダースは、1972年(昭和47年)、1978年(昭和53年)、1980年(昭和55年)と、3度も来日。
フランチャイズ展開をする他国で3度も訪問したのは日本だけだとか。
1980年、90歳になったカーネル・サンダースは、亡くなる数日前まで、料理の指導にあたっていたそうです。
これがどこで撮った写真か分かりませんが、日本でも、「カーネルおじさん」と対面されたことでしょうね。
アメリカ本社の金庫には、カーネル・サンダース直筆のレシピが厳重に保管されているそう。
世界でもそのレシピを知る人は数人しかいないとか。
そんな歴史を感じながら、食べ放題を楽しんで来ました♪
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