【短編小説】勇者が湧き出る泉1
とある森の奥深く。道ならぬ道を進んだ先。
そこに、勇者が湧き出る聖なる泉があるという。
そんな噂を聞きつけて勇者を求める人間が後を絶たない。
人間界を脅かす魔王を倒してくれと救世主を求める一国の王。
魔女が「超絶上手い」と絶賛した<毒>林檎を食べた絶世の美女の命を救うには勇者からの熱い接吻が必要なのだとやってきた美女の幼馴染の小人。
隣国との冷戦状態を打破すべく勇者を求める一国の王たち。
そして今日もまた…
「泉よ!私に応えてくれ!」
その者はとても小さく。
小人よりは大きいが、しかし幾度となく訪れた王たちとは比べ物にならないくらい小さい。人間界でいう所の子どもであるのだろう。
しかし弱き子どもであるというのに連れの者の姿はなく、この者一人で来たのだろう。肌は傷と泥にまみれ、服も所々破けている。
「お願いだ!応えてくれ!!!」
その小さい身体から出した声は深い森の木々たちに吸い込まれていく。
「…私を…私を…!勇者にしてくれ!!!!」
それまで静まり返っていた泉が少し揺らいだ。
森の空気が流れだすのを感じた子どもは泉に叫び続ける。
「子どもだから無理だとか、女だから勇者にはなれないとか…大人はそんな事ばっか言うけど…証明したいんだ!!!勇者になれるんだって!!!だから…!」
ぴたりと揺らいだ水面も止まり、再び森は静寂に包まれる。
「…」
小さな人間の子は諦めたのか、森の奥へと消えていった。
勇者の力を求める者は後を絶たなかったが、まさか自分が勇者になりたいとは。そんな者は初めてだった。
なぜかその人間の子の事が気になり、話をしてみたくなった。
何を語り掛ければいいのかも思い浮かびはしなかったが、
言葉を交わしたくなったのだ。
*
一夜が過ぎ。
またその人間の子はやってきた。
背中には小さい身体にはとうてい似つかわしくない大剣を背負っている。
「泉よ。私の声に応えてくれ。お願いだ…お願い」
声に昨日の様な勇ましさはなく、しかし泉を見つめる目だけは色あせることなく力強かった。
ーーガサガサガサッ
少女の後ろの木々が大きく揺れる。
その木々で眠っていたであろう鳥たちも驚き一斉に羽ばたいていった。
「!!!」
少女も驚き振り向くと、そこには銀髪の青年が立っていた。
「だ…誰…」
少女は酷く警戒し、一歩後ずさる。
銀髪の青年は何かを言いたげに口をぱくぱくさせながら、少女の方に一歩進むと、少女はさらに警戒心を強め「村のひとたちが寄越した人?…なら、私は帰らないって言って!!」そう言い、走り出してまた森の奥へと去っていった。
銀髪の青年は走り去っていた少女を追いかけたかったが、走ろうとしても足取りがおぼつかない様子でまるで機械でできた身体のようである。青年は困惑した表情で、自分の体を見つめていた。