死ぬまで自分探ししたっていいんじゃない?
2020/4/16(木)晴れのち曇り
自分をトランスジェンダーだと認定して、かなり楽になった。自分が何なのか分からないというのはとても苦しいことなのよね。
自分探しというのは、世の中ではいい歳をした大人がやるものではないと考えられていたけれど、そもそも自分探しなんてこと自体が、とても近代的じゃない?
だって階級が固定されている社会に生まれていたら、自分がいったい何なのかなんて、生まれたときからほぼ決まっているわけで、自分探しなんか必要ないでしょ?
だけど近代になっても、学校を出たら職業を定めて、引退するまでその仕事を続ける「終身雇用」的な社会では、若いときに自分探しを終わらせておく必要があったんだよね。
それがだんだん、そうね、1970年代ぐらいからフリーター的な若者が現れてきて、30歳になっても自分探しする人たちが出てきたの。その様子が「俺たちの旅」なんてテレビドラマに描かれたんだけど、そのドラマからもう45年も経ってしまったのね。
私なんか42歳の誕生日の前日に独立したんだけど、仕事だけ決まってて、でも独立にあたって知らないこととかも多いもんだから、リクルートの「アントレ」って雑誌がつい最近まであったんだけど、それが主催した独立セミナーに行ったんだよね。
そのセミナーで個人事業主にとって必要な知識を一通り教えていただいて、そのあと懇親会があったの。せっかくの機会だから名刺交換でもしときなさいってこと。
そしたらさあ、小生意気な若造がいたのよぉ。とりあえずNiftyのメアドで間に合わせてたら、「独自ドメインでメアドを登録しとかないとダメですよ」とか言うの。
私もそこそこ大人だからちょっとムカッとしたのを隠しながら「そうですかあ。いいアドバイスありがとう」と棒読みにならないように気をつけてお礼を言ったのよ。
ところがさあ、おいくつですかと聞かれたので、正直に答えたら、「もう42歳にもなるのに今さら独立っていうのが遅いですよ」とかのたまうんだよ。
こいつ何様?
「そうかなあ」と頭を掻きながら、そいつとは離れたんだけど、今頃不幸になっているといいなあと思う。
なんでこんな話をしたかというと、「俺たちの旅」から30年経っても、「40過ぎてまだ自分探しかよ」みたいなことだったんだってこと。しかも年上でなく年下から言われたんだよね。
それからさらに15年経っても、私は相変わらず自分探しを続けていたのだけど、ようやく見つけたって感じなんだよね。だからちょっと安堵してるし、このまま貫きたいの。
たとえそれが茨の道だと分かっていても。
ということで決意を新たにするために、トランスジェンダー・プライド・フラッグを印刷して、机の上に置いたのでした。
これを1日に何度も見返しながら、自分はトランスジェンダーってことを頭にたたき込むことにします。言い聞かすことかと自分でツッコむけど。
ちなみに隣りにある絵はがきには「神さま試練をありがとうございます」なんて書いてある。ホント試練だよねw
何の因果でトランスジェンダーになんか生まれてきたのかと思うわよ。
でも今の時代、死ぬまで、納得が行くまで自分探しをしたらいいんじゃない? 若いうちに見つかればラッキーってことよ。
見つかったと思っても、しっくりこなかったらまた探せばいい。
今回の新型コロナ禍で、私は自分らしく生きることの大切さを突きつけられた気がしたの。そのためには自分は何なのか知らないといけないよね? 自分のことが分からないのに、自分らしくもクソもないからさ。
何の対策もしなければ40万人死ぬとかって言ってた。これって割合で言えば全国民の0.3%。数はすさまじいけど、99.7%の人は生き残るわけ。死ぬのは余程運の無い人なのよ。
でもね命が奪われるのに理由なんてないわけでさ、それを志村けんさんの死で思い知らされたんじゃなかった?
だから率じゃないの。いつ何によって死ぬか分からないってことを頭に刻み込みなさいってことを言われたんだと思うの。そう考えたら、自分らしくない生き方をしている暇なんか無いんじゃない?
って何か圧をかけてるようなたたみかけ方でごめんなさいね。これは私に言ってるのよ。
さてさて、今日も今日とて買い物に行ってきました。
3日に1回ぐらいのペースにしたいのだけど、ヨメからのリクエストとか買い忘れとかがちょこちょこあるのです。
自宅の玄関を出て、マンションのエレベーターで降り、スーパーまでの道を歩き、買うものをカゴに入れて、レジに並んでお金を払い、同じ道を戻ってきて、郵便ポストを確認して、鍵を開けてマンション内に入り、エレベーターに乗って、自宅に帰る。
それをこんなカッコで普通にできる。何て幸せなんだろう。他の住民に見つかって後ろ指さされても気にしない――自分らしく生きると決意したからこそ得られた幸せなんだよね。