Dots are connected 点はつながる
猫のジュニア、空を飛ぶ
カナダに移ってからまもなく2年3ヶ月が経つ。日本から出発する前日、一緒にこちらに来ることになっていた猫のジュニアの検疫のために、福岡空港国際線ターミナルに向かった。コロナ禍の水際対策が強化されていた時期で、空港関係者以外の往来はなく、ひっそりとしたターミナルビルの中を、ジュニアが入っているケージを抱えて歩く私。検疫事務所で担当してくださった背の高い獣医さんが、優しそうな方でほっとしたのを覚えている。
彼にとっては、久しぶりであったろう来客者のジュニアは、ケージから出た途端に、狭い観察室の壁に並ぶキャビネットの奥に隠れてしまった。キャビネットを動かすスペースがなく、部屋のドアを開けて外に出すしかないけれど、ドアを開けたら、ジュニアが逃げ出してしまうかもしれない。獣医がキャビネットと格闘している間、私はジュニアが逃げられないように態勢を整える。やれやれ、獣医の奮闘のお陰で、やっと捕まえて観察してもらい、ケージに戻して帰宅となった。夫からは”Escape Artist(脱走の名手)"と命名されているジュニア。 脱走にもクリエイティビティが必要なのね!不思議なほどの空港の静けさが、翌日からの旅に緊張感を上乗せしていたが、ジュニアの捕り物騒動のおかげで何だか楽しめそうな気持ちになっていた。
出発当日、福岡空港でジュニアを預ける。次に会えるのは、バンクーバーだ。羽田空港国際線ターミナルも人の往来は限りなく少なく、バンクーバー空港の入国カウンターでも並ぶ旅客はほぼいない。一秒でも早くジュニアを引き取りたいと気ばかり焦る。焦る必要もないほど空いているのに。ケージの中で元気にしているジュニアを見た時は、その後に待っているPCR検査やホテルでの隔離生活のことも気にならないほどに嬉しかった。手持ち無沙汰の空港職員が次から次へとジュニアに寄ってきて癒されていく姿に、ジュニアも嬉しそうだった。
「自分の感受性くらい」
2年前のバンクーバー暮らしの始まりは、人生で初めての決まった仕事がない毎日の始まりでもあった。自由な時間という想定外のギフトを、想定外のタイミングで選んだのは自分。もちろん、ときどき寄稿したり、オンラインで研修やセミナーの講師、委員会への出席といった仕事はあったけれど、この先どうするのか何も決まっていない。そう、私の初めての浪人生活。
あの頃、日本から依頼いただいて「自分の感受性くらい」というシリーズタイトルのエッセイを書いた。学生時代に出会った詩人茨木のり子さんの代表作として、余りにも有名なタイトルを丸ごとお借りしたのは、自分の浪人生活へのはなむけの言葉にしたかったからかもしれない。
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ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
大学生の時に出会ったその瞬間に、最初の三行で頭から水をかぶせられたような気がしたのを覚えています。あれから40年以上経つ今でも、すっぴんの少女のような気持ちで、背筋がぴーんとし、自分の感受性をとんとんと叩いてみたくなる詩です。
そして、生きる姿勢が凝縮された強烈な三行で終わります。
自分の感受性ぐらい
自分で守れ
ばかものよ
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「食べて、祈って、恋をして」
あれから2年。このnoteに向かうことにしたのは、改めて、自分の感受性を揺さぶりたくなったのだと思う。そのきっかけの一つは、初めてのnoteでもお伝えした”世界をほんのちょっと優しくするラジオ”の番組で、もう一つは、私の大好きな作家エリザベス・ギルバート(Elizabeth Gilbert)さん。世界で1500万部を超えて読まれている回想記「食べて、祈って、恋をして(Eat, Pray, Love)」の著者である。この自伝的回想記は、ジュリア・ロバーツ主演で映画化もされているので、私の中ではついつい二人がオーバーラップしてしまうのだけれど。
彼女に会ったこともないし、お手紙やメールを出したこともない。それでも、彼女のファンが呼ぶように、ここではLizと呼ばせてもらいたい。Lizとの最初の出会いは、2年前の浪人生活中に見た2009年のTEDトーク「創造性をはぐくむには(Your elusive creative genius)」だった。 彼女の創造性を体現するかのように、身体の奥から溢れ出るエネルギーに満ちた言葉、言葉、言葉。そして、随所に散りばめられたユーモア。この後、私はしばらくLizの追っかけになったような気分で、彼女の作品や動画をビンジ-ウォッチ/ビンジ-リード(一気見/一気読み)していた。中毒状態だったかも!
数日前、その大好きなLizと、内的家族システム(IFS)の開発者で私が大尊敬するリチャード・シュワルツ(Richard Schwartz)博士のオンラインでの対談を聞いた。行先のわからない浪人生活の始めにどっぷりビンジしていたLizと、今、最も注目している研究者であり実践者のひとりシュワルツ博士の慈愛に満ちた対話が、この2年間をつないでくれたように感じられた。(IFSについては、いつかこのnoteでも書きたいと思うので、ご期待くださいね)私の中で点がつながった瞬間だ。そう、あの有名なジョブズのスタンフォード大の卒業式スピーチに出てくるやつ。"So you have to trust that the dots will somehow connect in your future."
LizのTEDトークで特に印象的なのは、詩人 ルース・ストーンとの出会いの描写で、そこに 90歳を超えて現役の詩人ルースがいるかのようだった。ルースが畑仕事をしていた時に、 詩の到来を感じ、詩が身体を通り抜ける前につかまえて書き留めなくてはと走る姿。Lizの迫力あるプレゼンをぜひ聞いて欲しい。創作の営みとは何なのかは、私にもほんとうのことはわからないけれど、ルース・ストーンの話はきっと鳥肌が立つ。
Lizは、この後、2014年にもTEDで「成功と失敗と創り続ける力について(Success, failure and the drive to keep creating)」を語っている。
この2つの伝説的なTEDトークを元に「「夢中になる」ことからはじめよう。(BIG MAGIC: Creative Living Beyond Fear)」が書籍化された。その扉のページには、こう書かれている。
問:創造性とは?
答:人間と、インスピレーションという神秘のあいだに存在する、結びつきのこと。
2年前はあまりピンときていなかったこのフレーズが、今は自然にすとーんと響く。自分自身の内面を理解し、身体と心と脳のつながりを意識すると、外界との新たなつながりを見出せるということなのか。リーダーシップコーチとして、自己認識を深める支援や、誰もが持っている創造性を引き出す支援に関わらせていただく中で、人間の無限の可能性をさらに強く信じられるようになったのも、浪人したからこそのギフトではないかと思う。
自分への水やりを怠らずに、インスピレーションとつながろう。あなたらしいやり方で。
Lizの話に出てくる90歳の詩人ルースのように、畑仕事の最中に詩が身体を駆け抜けるかもしれない。「BIG MAGIC」に登場するスーザンのように40歳で再開した毎朝のスケートレッスンが、創造的な人生を生み出すかもしれない。「食べて、祈って、恋をして」のLizのように旅に出て、新しい自分を見つけることを怖れずに。