『全然大丈夫!』じゃなかった
今月頭、娘がまさかのコロナ感染。
発熱が発覚して病院へ行くまでの間は不安でどう
なるのかドキドキしていた。
週末には年に一度の音楽祭を控えていた為
何でこんなタイミングで発熱?!と
ショックとまだ信じられない気持ちでいたけれど、生憎のコロナ陽性。
音楽祭どころか今月の登園さえほぼ無くなってしまったのだ。
私は娘の音楽祭への思いを誰よりも近くで見てきた。
毎日家でピアニカを練習する姿。
課題曲を一曲分吹けるようになるまで練習を重ね、覚えた後も毎日のように練習。
段々スムーズに吹ける事に自信をつけている姿も見ていた。
合奏ではピアノも習っていないのに木琴に指名され、先月からずーーっと練習し続けてきた。
園でも家でも。
家ではアンパンマンのおもちゃのキーボードを使って木琴で叩く音の確認をして、とても年長では弾けないような楽譜を弾いていて私も感動していたくらいだった。
本番までいよいよ数日、というタイミングでのコロナ感染。
発熱が発覚した時に私が思った事。
コロナだったとしても、ただの風邪だったとしても音楽祭への参加は難しそう。
体調の事だから仕方がない。
そう考えていて、すんなりと音楽祭に参加できない事実を飲み込もうとしていた。
思いの外、私、すんなり受け入れれてるなと思い込んでいた。
が、何か違う気がして
これは毎度私がやりがちな本当の感情ときちんと向き合わないことじゃないのか?
と思ったのだ。
そう気づいた後、音楽祭へ参加を断念した
本当の気持ちに向き合ってみた。
私の本当の気持ち。
娘の園生活最後の音楽祭で
練習を重ねて前向きに取り組んできたからこそ本番での姿を見たかった。
これまでの練習の成果をぶつけて欲しかった。
何より娘にステージに立って成果を披露する場を与えてあげたかった。
その場を奪われたことがすごく悔しい。
息子だって音楽祭を楽しみにしていたんだ。
課題曲を流すと嬉しそうに踊り出したり話を聞かせてくれる。晴れの舞台に出るのを楽しみにしていたのだ。
その場を与えられなかったことが悔しすぎる。
めちゃくちゃ悔しい。
こどもたちの気持ちはどこへぶつけたらいいの?
どう受け入れたらいいの?
誰が悪い訳でもないし、感染した娘が悪い訳でもないし、誰を責める訳でもないけど、
参加できなかったことがとにかく悔しいし悲しい。
私はこどもがいない間に
自分の本当の気持ちと向き合っているうちに
涙が滝のように溢れてきた。。。
顔がぐしゃぐしゃになるくらい泣いた。
まだ受け入れられてはいないし、
近く受け入れれるようにも思えないけれど、
その悔しかった気持ちを仕方ないの一言で片付けてしまいたくなかった。
仕方ないと飲み込んだはずの奥にある本当の思いは、それとは全く違うくらいの悔しさや悲しさでいっぱいだった。
これからの人生でも
こうやって自分の感情をきちんと見て行きたい。
仕方ないな、と思った時こそ、
本当はどんな気持ち?
と自分に問いかけたい。
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