はじめに、わたしの記憶
近所の八百屋のお向かいの家。
クリーム色だか、薄ピンクだか、そういう感じのこの辺では少し大きな一軒家。
ちょうど道路に面した二階から出窓がややせり出ていて、よく見ると羽ペンが机上に一本立っている。
私はその出窓を確認する。電気はいつも消えていて、誰もいない。空白の席の、薄暗さがなぜだか気になって、通る時目をやる。
いつもより早めの学校帰り、がらんどうの筈のその窓の中を見やったら、なんと人が窓に向かって何か物を書いている。
オレンジの暖かい光の下のその人は白髪のおじいさんで、外から遠目に見るのでも、静かに、静かに、確かにそこに居るのが感じ取れる。
私は会った。
そう思った。
おじいさんは私を見なかったけど、私は今日だからおじいさんを知れたのに間違いなかった。
まだ暑さの柔らかく、陽が沈む前の群青に染まった今。
そうか、あの人は時々こんな夕暮れ時に、一人静かに思案にふけっているんだな
納得しながら帰り道を歩いた。
それからは、一度だけ、午後に出窓の人を見かけたことがあったが、それっきり。
だからあの日の記憶が、今はおぼろげで、夢の中を迷っているみたいに美しい群青色だけが心に残っている。
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