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2万3千年前の「浅間山」が山体崩壊!(黒斑山期)
ヒストリー!ミステリー!マヰストリ!
浅間山の複雑な形はミステリーですね。現在の形はどのように形成されたのでしょうか。浅間山の「あさま」とは火山を意味するのですが、その名のとおり、浅間山は噴火する火山であり、噴火によりその姿をかえてきました。
浅間山と言えば、つい最近の2000年以降でも噴火を繰り返し、2009年の噴火では東京まで火山灰が飛んできて首都圏でもニュースになりました。
浅間山は、2000年以降だけでも、2003年、2004年、2008年、2009年、2015年、2019年と6回も噴火をしています(気象庁)。大規模な噴火としては、4世紀、1108年、1783年のものが知られており、そのときは溶岩流や火砕流の噴出を伴っています。
浅間山の活動の歴史
浅間山はこれまでどのような活動をしてきたのでしょう。
現在の浅間山は、浅間山、前掛山(まえかけ)、黒斑山(くろふ)といった山々で構成されています。
浅間山の火口があり、火口を中心とすると、その外輪に前掛山が位置し、は、さらにその外輪に東側がカルデラ地形で崩れた黒斑山があります。
でもよく見ると、黒斑山はきれいな外輪ではなく、浅間山はカルデラの中心からちょっとずれたところにありますね。
カルデラの南側(手前)も途中からガタガタに崩れています。
現在のこの地形は、何万年もの時代をおって変化していったものです。大きな噴火だけではなく度々の小さな噴火でも周辺に住む人たちは大きな影響を受け、ときには遠く関東へも直接的な影響を広げたようです。
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浅間山の活動には、噴火口の位置と溶岩の性質から、3つに分類されるそうです。
黒斑山期の浅間山
今から2万6千年前までの頃を黒斑山期と呼ばれています。その名のとおり、現在の浅間山ではなく、黒斑山が中心だった時期です。
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『浅間火山初期の山体で発生した山体崩壊の年代: 塚原泥流に含まれる樹木片の14C年代からの推定』より引用
黒斑山は、現在はカルデラが残るのみですが、湯の平付近に中心火道をもつおよそ2,800-2,900mの富士山型の成層火山であったらしいです。
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そのとき、現在の浅間山はまだありませんでした。
イメージ的にはこんな感じ↓です。
ちょっと合成してイメージ画像をつくってみました(^^)
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『浅間火山初期の山体で発生した山体崩壊の年代』という論文によると、約13万〜約2.6万年前の黒斑山期に、黒斑山が形成されました。
2800m級の大きさで富士山のような成層火山だったと言われています。
『火山はめざめる』という絵本は、早川由紀夫先生監修でもっと正確に描かれていますので興味のある方は手にしてみてください。
黒斑山期には、何回か小規模噴火と崩壊がおきていました。
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そして2万3千年前ー
湯気が立ち上がりはじめ、地震も増え、ひときわ強い地震と同時に斜面が崩れ落ちました。
山が崩れてしまう山体崩壊です。
山体崩壊は、山体の一部が麓に向かって一気に崩れる現象であり、その結果生じる大量の土砂が流れだす「岩屑(がんせつ)なだれ」が起きました。
山体崩壊は、現代の地球でも起きています。アメリカ、ワシントン州のセントへレンズ山は1980年に山体崩壊しました。そのときの衝撃映像が残っています。
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黒斑山の山体崩壊では、山体崩壊物が塚原泥流や同じ時期の塩沢泥流のように、南麓の軽井沢~佐久地域を被い,さらに千曲川の谷を流下したと想像されています。そのときに小さなこぶ山もできました。
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黒斑山が大きく崩れ、そののち活動を停止します。
この2万年前くらいまでの時期を黒斑山期と呼んでいます。
人々の暮らしは旧石器時代と呼ばれる時期で、浅間山周辺にも暮らしていたと思われますが、度重なる火山からの堆積物に埋もれてしまい、その痕跡はあまり見当たらない状況です。
(とり)