つぶやき(道を聞かれる)
体育の日改めスポーツの日(!)を含む三連休、首都圏は秋晴れに恵まれた。遠出の予定がなかったので近所の大きめの公園に足を運び、ベンチで空を眺めたり持参した本を読んだりしながら、ちょっとしたピクニック気分で遅めの昼食を摂った。
たいがい食べ終わって、ポットに詰めてきたコーヒーを啜っていたとき、わたしの前で足を止めた女性から声をかけられた。
「近くに〇〇広場というところがあるみたいですが、どう行けばいいでしょうか?」
差し出されたスマホには、防災広場を兼ねた公園の名称とそこで催される防災イベントが示されていた。わたしがいる公園のすぐ近くなのだが、間に大きな施設と緑化の樹木があって、そこまでの通路がちょっとわかりにくい。
女性は息子と思われる小学校高学年くらいの男の子と二人連れで、イベントを見に行くところらしかった。女性の日本語には、僅かだが中国系の訛りがある。わたしはかれこれ40年以上中国語を話す人と関わってきたので、そのへんは把握できているつもりだ。もっとも女性の日本語はその微妙な訛り以外自然で、雰囲気や物腰も同年代の日本人と変わらないように見えた。
わたしは立ち上がって
「少し行くと左側に細い通路があります。そこを行くと、広場にすぐ着きますよ」
と答えながら、左手のほうを指さした。広場近くまで行けばイベントに来た人たちがいるだろうから、あとはわかるだろう。
女性はとてもうれしそうに「ありがとうございます」と答えた。男の子は、まったく訛りのない日本語ではっきりと「ありがとうございます!」とお礼を言ってくれた。
二人が歩き出したあと、わたしはちょっとだけ心配になり立ち上がったまま二人を見送った。というのも、わたしが案内したつもりの通路の少し先には、車も通る細い道があったからだ。立ち上がったまま二人を見送った。二人は少し歩いたところでこちらを振り返ったので、「そのあたりで左に曲がってくださいね」という気持ちを込めて、腕を大きく左へ振った。
二人はまたそれぞれ「ありがとうございます!」と言い、わたしは大きく右手を振って「さようなら」を伝えた。二人とも、手を振って応えてくれた。
防災イベントのことを知り、親子で足を運んだのだろうか。防災広場にはたどり着いたと思うが、イベントを楽しんでくれただろうか。コーヒーを飲みながら、わたしはちょっとだけ心配し、でも温かい気持ちになっていた。
正直なことを言うと、わたしは中国大陸の政権は好きではない。かの国の経済が膨張し、とうに日本の経済規模を凌駕したあと、日本のモノや資本をある意味「収奪」しているような印象を受ける。円安もあって、あちらからの観光客が、一時期の日本人が海外でそうしていたような「札束でモノや土地を買い占める」行為にも辟易している。
だが、個々人の気持ちの交流はまた別だろうとも思う。
あの日わたしに道を聞いた母子がふだん日本(人)に対してどんな感情を持っているのかはわからない。もしも、日本(人)に対してそれほどいい感情を持っていないとしたら、「今日会った(日本)人は親切だったね」と思ってくれていたならいいな、と願う。
あの柔らかな物腰とやさしい語り口だと、あの家族の日本での生活は穏やかなものだろうとも思う。わたしが心配するまでもなく、何の不便や不満も感じることなく生活しているのかもしれない。それがこの先も続いてくれますように。